【す:好きという言葉】8:53 2007/12/16
私は裁きの庭に立っている。
私は慣れた検事側の場所ではなく、証人席に立っている。
傍聴も、弁護人も、検事も、居ない。
それでもコレは裁判なのだろう。
酷く私的ではあるけれど、私は裁かれねばならない。
「では、証人。名前と職業を」
「何のつもりだ、成歩堂」
「名前と、職業を」
「御剣怜侍。職業は検事だ」
「うん、知ってるよ」
「なら、聞く必要はあるまい」
「でも規則だから」
成歩堂は全く似合わない黒い法衣を纏ったまま、クスクスと笑った。
「そもそも何故私が裁かれねばならないのか罪状を教えていただきたいのだがな」
「知ってるだろ」
「規則にはないのかね」
「僕の口から言わせたい?」
「・・・・・・イヤ」
私は知っている。
こんな馬鹿げた茶番も。馬鹿げたやり取りも。
それでも。
私はただ、知っているだけだ。
「心当たりはある。しかしキミに裁かれる理由は無いはずだ」
「本当に?」
「無論だとも」
「でも僕は傷ついたんだ」
「心理的外傷とでも言うつもりか」
「そうだね」
成歩堂はそこで表情を引き締めて、厳かに言い放つ。
「御剣怜侍、キミは僕を傷つけたんだよ」
「馬鹿馬鹿しい。ただの言葉の綾ではないか」
「うん、でも僕は傷ついた」
「証拠はあるのかね?」
「証拠なんて無いよ」
だから、弁護人も検事も傍聴すら存在しない。
「この場は僕がキミを裁くためだけにあるから」
「証拠も何もいらない、ということか」
「御名答」
私は黙って溜息を吐いた。
この馬鹿馬鹿しい茶番も、やり取りも。
全て苦しくて仕方ない。
「冤罪を押し付けられて、私が黙って甘受するとでも思ったか?」
カツン、と床を蹴って踵を返す。
馬鹿馬鹿しい。
全く付き合っていられない。
と。
「また逃げるつもりか」
成歩堂の言葉が背中越しに突き刺さり、私は振り返る。
「逃げるとは心外だな、成歩堂」
「この場から居なくなるんならそういうつもりだろ」
「こんな茶番に付き合っていられるほど暇ではないのだよ」
「フザケてこんなことすると思うか?」
「思うとも。キミはいつだって冗談半分だ」
「それこそ心外だよ、御剣」
「僕はキミを好きだと言った。それを冗談に摩り替えたのはオマエだろう?」
「本気で言ってるのか、成歩堂?」
「冗談でこんなことは言わないって僕は言ったよ」
「私も答えたはずだ。キミには応えられない、と」
「違うよ」
凛、と張った声が法廷内に響き渡る。
成歩堂の黒い瞳が私を射抜く。
酷い既視感に襲われて、私は証人席の台に凭れた。
「キミは何も答えてない。僕の言葉にも、キミ自身にも」
ぐらりと歪む視界に私は何と答えたのだろう。
それとも何と答えたかったのだろう。
チカチカと明滅する光の中で成歩堂が私を責める。
自分の輪郭さえも曖昧なのに、彼の声だけが形を保っている。
『僕の言葉に嘘は無いよ』
夢を、見た。
私は裁きの庭に立っている。
傍聴も弁護人も検事の姿すらなく。
ただ居るのは、証人席の私と判事席の成歩堂と。
それだけだった。
それだけなのに。
私は自分が動揺している事実を客観的に判断した上で、如何ともしがたい真実へとベクトルが向いていることを自覚する。
「・・・・・・くそっ」
汗でべっとりと張り付くシーツを引っぺがして、私は冷えた室内の空気の中、ぼんやりと頭を抱えた。
※『宴もたけなわ』の続き。というほどでもないけれど。設定は一緒です。このまま100のお題の【未必】に続いてます。いろいろ飛びすぎだ、私。