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※ちょっとしたお話

【て:手放したくない】22:44 2007/10/21

僕の目の前にいる体格のいい恋人は、相変わらず外を見たままジッとしている。何が楽しくて外なんか見てるのか分からないけど、とりあえず考え事でもしてるのだろうと僕はそのまま放っておいた。
薄手のニットだけでは少し肌寒い今日は、どうやら11月下旬の気候らしい。
そりゃ寒いはずだと僕はラグの上に直接胡坐を掻いて、ぺらぺらと目の前の雑誌を捲っている。
テレビもラジオもオーディオも全部電源はオフにしているから聞こえるのはページを捲る紙の音と、お互いの呼吸だけだ。
いい加減肌寒いな、と僕は見ていた雑誌をその辺に放る。どうせマジメに見てたわけじゃないんだ。
キッチンにふらふらと向かい、ケトルに水を入れてコンロの火に掛ける。
沸騰するまでの間、戸棚からティーキャニスターを取り出して茶葉をストレーナーに入れた。まあ、大体こんなもんだろう。スプーンを使っても良いのだけれど、それだといつも同じ味にしかならない。というより、わざわざ計るのも面倒くさい。
ティーカップが食器棚の上の方に鎮座してたので、それは使わず、僕は置いてあったマグカップをザッと水で洗って布巾で水を拭った。ティーカップは確かに紅茶を楽しむにはいいのだけれど、薄い磁器だからお茶が冷めるのが早い。こんな肌寒い日は温かい紅茶のほうがよっぽどいい。
だから茶葉はウバで結構濃い目に作っている。どうせやるならミルクティだ。ミルクは温めずにそのまま使う。僕はともかく御剣は猫舌だ。あんまり熱いと怒るだろう。
シュンシュンと音を立てて、湯気を立てている。どうやら沸いたようだ。
ストレーナーにお湯を注いで、茶葉を泳がせる。余ったお湯はマグカップに入れて、待つこと3分。出過ぎたかな、と思うくらいで丁度良いようだ。紅茶道も難しいよな、なんて考えながら僕はマグカップのお湯を捨てた。
ミルクを注いで紅茶を入れる。順番なんてどちらでも良い。要するに美味しければそれでいいのだ。
キッチン内を紅茶の香気が埋める。うん、それなりに今日は成功らしい。
僕はカップを片手に恋人の元へと歩いた。
まだガラス越しに外なんか見てる。何が見えるんだろうな。あんまり僕は気にしたことがなかったけど、一度見てみるのもいいかもしれない。
「御剣」
ふわりと振り返った恋人に僕はマグカップを差し出した。
「飲むだろ?」
「ム」
ゆったりと微笑む恋人の顔に僕の顔が更に緩む。
ああ、本当にコイツのことが好きなんだな。僕って。
と思ったら、耐え切れずに笑い出しやがった。何だ、僕、そんな変な顔してたのか。
「何だよ」
「いや、キミらしいと思ってな」
どうやら僕のことじゃなくて、紅茶のことらしい。
そりゃまあ、ティーカップじゃなくてマグカップだけどさ。そんなのこの際関係ないじゃないか。
「いらないならあげないよ」
「戴こう」
そう言って僕の手からカップを奪い取り、そっと縁に口付ける。
女の子だったら可愛いねなんて言えるのに、御剣だから色っぽすぎてシャレにならない仕草だ。誰にも教えたくない、仕草だよな。多分。
「美味い、がまだまだ修業が足りん」
「僕がオマエみたいにいちいちティースプーンで何杯とかって計ると思う?」
「思わんな」
御剣がクスクス笑い、僕も釣られて苦笑する。
「じゃあ少しは妥協してよ」
ああ、この感情は何と呼べばいいのだろう。
幸せというにはあまりに使い古された言葉だし、かと言って他に思いつくような言葉は無い。
手放したくないな。と。
ただそれだけを思ったから。
「黙って僕に寄り添っとけよ」
僕は恋人の冷たい手を取って、熱を分かつように指を絡めた。


※【え:得体の知れない感情】のなるほど君ver。秋はしっとりしているので大好きです。控えめな甘さが大好きです。冬がスウィートなら、秋はビターですよ。ちなみに夏はトロピカルで春はポップみたいな。意味不明ですが、そういうことです。