【え:得体の知れない感情】11:03 2007/10/07
季節が大分秋めいてきた。
既に木の葉は赤く染まり始め、街路樹として植えられた銀杏は黄色い葉を散らしている。風は生温い夏の風は冷たさを伴うようになり、『冬』という季節を迎えるために着々と準備を進めている。
暦では神々がその土地から居なくなってしまう月なのだと言う。
それと同時に人々の気もやはり忙しなくなり、この時期は妙に交通事故が多い。
「御剣」
ソファに座って雑誌をぱらぱら捲っていたはずの成歩堂がいつの間にか隣に立っていた。
両手にマグカップを携えて、片方をこちらに向けていた。
「飲むだろ?」
「ム」
予想に反して中身は香気高い紅茶が注がれており、私は微かに笑う。
「何だよ」
「いや、キミらしいと思ってな」
ティーカップもあるのにマグカップで事を済ませてしまうあたりが成歩堂らしい。普段から大雑把だから仕方ないことなのだろう。
「いらないならあげないよ」
「戴こう」
私は成歩堂からマグカップを受け取り、そっと縁に口付ける。
ふわりと湯気は顔に当たり、カップ越しの温もりは手を温めていく。
「美味い、がまだまだ修業が足りん」
「僕がオマエみたいにいちいちティースプーンで何杯とかって計ると思う?」
「思わんな」
「じゃあ少しは妥協してよ」
困ったように笑う彼の顔を見ながら私も笑う。
手にしたカップの水面がゆらりと揺れた。
ああ、この感情は何と呼べばいいのだろう。
幸せというにはあまりに使い古された言葉だし、かと言って他に思いつくような言葉は無い。
「黙って僕に寄り添っとけよ」
そっと笑う姿に素直に従って、空いた片手を彼の手に絡める。ガラス越しの外気は随分冷え込んでいるようで、当てていた手はすっかり冷たくなっていた。
「冷たいね」
「そうだな」
「暖まるようなことでもしよっか」
「キミの頭はソレしかないのか?」
「じゃあ如何いたしますか、天才検事様?」
「まずはその減らず口を塞ぎたまえよ、シロウト弁護士クン」
「では僭越ながら」
ゆっくりと近づいてきた成歩堂の唇を己のソレで迎えながら。
唇越しに伝わる熱に、私はゆっくりと溺れていった。
※秋のお話。いや、寒いのよ。さすが寒冷地。手当てが出るはずだと納得しつつ。人肌恋しい季節です。がっつり抱きついても誰も咎めません。良い季節です。一番ほのぼのと出来る季節です。