【ち:中途半端な心と身体】7:54 2007/11/01
僕は御剣のことが好きだ。
ただそれだけのことを認めるのに15年掛かった。
僕はただ単純に友情だと思い込もうとしていたソレは明らかに度を越したものであり、僕自身も嫌々ながら認めざるを得なかった。
去年の年末。御剣はある事件に巻き込まれた。いや、巻き込まれたというよりも15年前の事件がまだ継続していたのだろうと僕は思っている。逆恨みなのかそれとも違う何かなのか分からなかったけれど、とにかく事件は幕を引き、僕は晴れ渡った気持ちで改めて御剣と向き合うことになった。
御剣がどう思っていたのかは分からない。それは今となっても分からない。所詮、他人同士のことだから解れというほうがどうかしている。
御剣は酷く言い難そうにありがとうと告げ、僕らはソレを見て笑った。
確かに事件は終わったのだし、御剣もその呪縛から解放されたのだとそう思っていた。
御剣が居なくなったのは年も明けて3月を過ぎた頃だった。
原因は検察庁と警察庁の不祥事に絡む、僕も手掛けたあの事件だと巷では囁かれている。
イトノコさんも心配しているようだったけれど、僕はそれ以上にショックだった。ただ一言、殴り書きのようなメモだけを残された僕はショックに打ちのめされ暫く荒れた。真宵ちゃんが傍に居なくて良かったと思えるほど荒れた。
荒れて、荒んだ自分に問いかけて、後悔だけが僕を取り巻いている。
けれど、そう自棄になってる暇も無かった。事務所を存続させる為に僕は細かい仕事を片っ端から引き受けた。窃盗、傷害、違法薬物所持。それこそ何でも。
それなりに働いた結果、やはりそれなりに収入は入り、どうにか事務所を細々と続ける程度は出来ている。打ちひしがれた精神なんか置き去りにして、僕は条件反射的に働くことが出来ることに少しだけ安堵した。
「なるほど君、大丈夫?」
6月。真宵ちゃんの事件が終わって、僕らは事務所で書類整理をしていた。
真宵ちゃんは里に居辛いらしく、休みのたびに僕の事務所に訪れる。くだらない話をして、何でもないことで笑ったりして。ふと沈黙が訪れたその瞬間、真宵ちゃんの口からほろりとその言葉が洩れたのだった。
「大丈夫、って何がだよ」
「だってさ、なるほど君痩せたよね」
「気のせいだろ」
「ううん、痩せたって言うかやつれてるよ。何かあったの?」
「何でもないって言ってるだろ。でもまあ、ありがとう」
僕は何か言いたそうな真宵ちゃんにニッコリと笑ってやって会話を終わらせる。真宵ちゃんは何度か口を開いたものの、結局言葉が出てこなかったのかそのまま押し黙った。
いつの間にか忘れてしまえばいいと思っていた。
この気持ちが風化してしまえばいいと思っていた。
どうしようもないのは僕自身だと分かっていた。
分かっていたのにソレはまだ僕の底でグズグズと漂っていて、僅かなりとも傷ついた箇所を化膿させていく。痛みだけが確かなもので、それ以外の気持ちは変質していくように。
僕は酷く苦しくて。苦しくて。もがく事さえ諦めてしまいたくて。
諦めることが出来たのならどれほど楽だったのだろう。
悲しみなんて感情はとっくに捨ててしまったのに、どうして胸が苦しくて仕方ないんだろう。
どうして、だろう。
僕は御剣が好きだった。
認めるには抵抗があるけれど、それでも好きなことには変わりない。
「僕もつくづく馬鹿だよなあ」
吸いなれない煙草の煙に噎せながら、僕はずるずると事務所の壁に凭れて座り込んだ。
※なるほど君暗黒期。御剣さんとくっつくまでを書こうかと思ったけど酷いことになりそうなので止めました。止めてよかったような気がする暗さです。