【029:信じましょう】6:55 2007/09/15
何処にも行かないよ、なんて言葉はそれ自体が嘘だから。
真宵ちゃんたちが里に向かう電車に乗ったのを確認して、ようやく溜息を吐いた。これでやっと終わりだな。そう呟いて、事務所へと戻ることにする。
もう春めいてきた風に喜びと寂しさを交えながら、僕は歩いている。
事務所に戻ったら、とりあえず片付けをしなければ。
途中でコンビニに寄ってオニギリを買った。明日の朝ゴハンにしよう。真宵ちゃんにはきっと怒られるけど、事務所に泊まりこんで仕事を終わらせてしまいたい。春美ちゃんが呆れながら淹れてくれるお茶は美味しくて、結局朝からまったり過ごす羽目になるんだ。
ガサガサ揺れるビニール袋。
昼過ぎには御剣が顔を出して、お茶を呑んで帰っていく。
仕事が終わってるときもあれば、途中の息抜きで来るときもある。検事局からそう近くはないはずの事務所に何でよる必要があるのだと問い質したときなんか、鼻で笑われただけで結局理由を教えてはもらえなかった。今度こそ問い詰めて聞き出さなきゃなあ。
チリンチリンと自転車のベル。
慌てて避けると、女子高生が脇をすり抜けていく。部活帰りなのだろう。スポーツバッグをカゴに入れて、ジャージ姿のまま走っていく。
そういえば矢張のヤツも連絡ないな。
いつもだったら仕事が到底終わりそうのない日に限って電話かメールを寄越してくる。こちらの動向でも探ってるんじゃないかと思われるくらい、最悪なタイミングで事務所に現れるから、最近では真宵ちゃんまで『事件の影にはヤッパリ矢張』って言葉に疑いは持っていない。というか、多分みんな思ってるだろうな。アイツ、幅広く迷惑掛けてるみたいだから。
ふと、事務所の前を通り過ぎようとしていることに気付いて苦笑する。いつもだったらこんなことは無いのに。ビルの階段を登って、事務所のカギを開けた。
ぎぃ。
殺風景な室内に夕陽が差している。
誰も、居ない。
そんなことは分かっている。そんなことはいつものことだし、当たり前のことだ。それでも。
ああ、そうか。
今、僕は一人なんだよな。
立ち竦んだまま、脚から急に力が抜けるのが分かった。ドアにもたれかかったまま、ずるずると滑って、床にへたり込む。
何だよ、僕はこんなに弱かったんだ。
いつも虚勢を張って、作り笑顔を振りまいて。一人になった途端、この様だ。情けないにも程がある。
彼らが何処へ行こうとも、それは一時のことに過ぎない。それでもいつかは別れが訪れる。かつての師のように別れの言葉さえ言う暇なく、訪れることだってあるだろう。あるいはアイツみたいに言葉さえ告げられず、居なくなってしまうかもしれない。そんなことは知っている。知っているけれど、自制が利かない。
さようなら、なんてキライだ。
ソレ自体が別れの言葉だから。
深、と静まる事務所の片隅で、僕はひとり泣いていた。
ただただ静かに泣いていた。
※2と3の間くらいかな。御剣さん失踪〜復活以降の話になります。真宵ちゃんたちが里に戻って、御剣は海外研修、矢張はいつも通りいつもの如く。で、一人になってるということで。居るときはウルサイとか邪魔だとか思ってても、居なくなると物凄く寂しいものです、ハイ。