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※ちょっとしたお話

【028:オバチャン】8:15 2007/09/27

人は恐怖が過ぎると笑いしか出てこないと言う。
というよりも、そもそも単純かつ最も手近な感情が笑いなのだと言う。
嬉しかろうが悲しかろうが悔しかろうが、全て手っ取り早く極まってしまうと感情の発露としてゲラゲラと笑ってしまうのだそうだ。
だからつまり。
今、この状態で僕が笑っていたとして誰が責めるのだろうか。
「ゴメンゴメンゴメンゴメン、降ろして。マジ降ろして。僕、無理だからって。あああああ、もう無理無理無理無理」
「喧しい」
カラカラとチェーンが鳴りながら回っている。と同時に僕らの座っている座席がキリキリと前方上空へ向けて延びたレールを徐々に上がっていく。
そう、僕らは今ジェットコースターに乗っている。
僕が高所恐怖症にも関わらず、だ。
「だーーーーっ、ちょ、止めて止めて止めて。お姉さん、ちょっとコレ止めてーーーーーーッ。死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ」
「いい加減諦めろ、阿呆」
ギャーギャー騒ぐ僕を冷たい目で睨む親友はいつも通りの表情だ。
何このギャップ。っていうか、何で僕がオマエの趣味に付き合わなきゃならないんだよ。
頑張ってーッ、と下から叫ぶ真宵ちゃんもいつの間にか豆粒より小さい。
っていうか、ゴメン。もう僕意識無くしそうなんだけど。
僕の中で赤色灯がくるくる回りながら、危険信号を発している。きっとこれは夢だ。夢に違いない。そうだ、起きたらいいんだ。そうすればきっと――
「不安なら手でも繋ぐか?」
ニヤリと笑う御剣に何か言い返そうとした瞬間。
「あ」
ソレは来た。

「あーーーーーーーーーーーーーッッッッッ」
ほぼ90度。逃げる余地無し。
押さえつけられてるのは足だけだから、当然腕はフリーだ。
つまり、しがみ付くものが全く無い。
ほぼ自由落下の超高速は車よりもなお早い。
カチカチと明滅を繰り返す意識。っていうか、気絶したい。
ぐるんぐるんと揺さぶられながら、強烈な風圧が顔を叩く。
もう駄目だ、死ぬ。
ブラックアウト直前、だらりと力を抜いた腕がふわりと上がりそうになった。
と。
「馬鹿者」
御剣の声と手の平の熱が滲みて、ほんの少しだけ安堵したのは覚えている。

ガタン、と強い衝撃が身体を揺すってようやく僕は意識を取り戻した。
ソコは搭乗した場所で、つまりスタート地点。
どうやら無事終わったものらしい。
「全くキミは情けない」
御剣が嘆息を吐きながら、足のロックを外した。何事も無かったようにヒョイと降りれるのは凄いな、と少し感心する。
一方の僕はというと、ガタガタ脚が震えたままで上手く立てそうにない。
「あ、ははははは。ゴメン、御剣。立てない」
伸ばす手も僅かに震えている。だって仕方ないよ、アレは絶対犯罪モノだよ。
御剣はワザとらしく溜息を吐きながら、僕の腕をグイッと引っ張った。係員のお姉さんの生温い視線が痛い。って言うか、ダメ人間の称号を付されてもいいから、僕はチキンゲートから出たかったよ。心底。
御剣に縋りつきながらよろよろとスロープまで辿りつく。が。
「あは、ははははは」
「成歩堂」
「ゴメン、無理」
完全に腰が抜けてるようだ。ガクガク震える脚は力さえ入らない。
「ぬゥ。下で真宵クンたちが待っているぞ」
「ゴメン、あと5分待って」
まだ心臓がバクバクいっている。だってアレ反則だよ。絶対卑怯だ。
「係の人間を呼んでこよう」
「イヤイヤイヤ、別にそういうのはいいよ。時間が経てば」
チャーーーン
「何か言ったか?」
「いや、僕じゃなくて」
ミッチャーーーーーーーーーーーンッ
ソレは聞き覚えのある声音。
「・・・・・・アレは」
「うん? んんんんんんっッッッ」
「んミッチャーーーーーーーーーーンッッッ」
「お、お、おば、オバチャンッ、な、なななな何でココにッ」
「なんだいアンタ。尖ったボウズがアレコレ言ってんじゃないヨ。あたしはミッチャンを追いかけてるだけだヨ。それよりアンタさっきミッちゃんと相乗りしてたネ。どういうことなんだい。イイヤ、理由を言ったって許す訳は無いんだけどサ。アンタ、ミッちゃんの隣に座っていいのはね、オバチャンだけなんだよ。ソレをなんだい。幼馴染だろうが命の恩人だろうが、たとえ恋人だと名乗ろうが、世の中が許してもオバチャンが許さないんだからネッ」
「え、あ、ちょちょちょ、ちょっと御剣助け――」
居ないよ。逃げてるよ。早いよ。
「アンタ、ミッちゃんを何処にやったんだい。お言い。隠したってロクなことは無いヨ。オバチャンだって意地ってもんがあるんだからネ。走ろうが逃げようが、オバチャンが本気出せば、ジェットコースターくらいとっ捕まえてみせる――」
「わーわーわーわーーッ」
聞きたくなかったような凶悪な事実を突きつけられて、僕は思わず奇声を挙げる。チクショウ、腰さえ抜けてなければ僕も逃げるのにって言うかミツルギのヤツ一人で逃げやがって後で覚えてろ。
「そこの尖った青いの」
「ぼ、僕ですか?」
「アンタ以外に尖ってるのがあるのかいッ」
ううん、酷い認識だ。
「ミッちゃんの居場所を言いナ。そしたら係りの人間呼んでやるヨ」
なんでそういう時だけ妙な迫力があるんだろう。ってか、どんな交換条件だよ。とは言え、この状態じゃ一人で降りれそうにないし、どうしよう。

→オバチャンに教える
 とりあえずゴマカす

まあ、どうにかなるだろう。
僕はオバチャンに御剣が下で待っていることを教えた。一人で逃げた罰だ。ざまあみろ。
オバチャンは聞いた瞬間、凄い勢いでスロープを駆けた。というか、飛んだ。凄い、飛んだよ。ココの高さどのくらいあるんだよ。あのオバチャン本当に人間なんだろうか。僕は正直、ソレを信用できなくなっている。うう、やっぱり宇宙人とか言った方が信憑性あるよなあ。
「全くだ」
頭上から声が降ってきて、僕は驚いて仰け反った。そこに立っていたのは紛れも無く、逃げたはずの御剣怜侍その人だった。
「ム、失礼な男だな。何を驚くことがあるのだ」
「オマエ、逃げたんじゃなかったのかよ」
「逃げたとも」
聞いてみるともう一度コースターに乗っていたのだそうだ。いいのかソレは。
「あのオバ――女性から逃げたいと訴えたら、乗せてくれたのだ」
「・・・・・・そうか」
オバチャンから逃げるためとはいえ、もう一度あの絶叫マシンに乗り込んだコイツの神経が信じられない。絶対無理だって、アレ。
「まだ腰が抜けているのか、キミは」
「うるさいなあ」
やれやれと首を振って苦笑する御剣に手を伸ばす。
「ほら、手伝えよ」
「仕方あるまい」
僕は手すりと御剣にしがみつきながら、ゆっくりとスロープを降りていった。

閑話休題。
その後、オバチャンは階下で真宵ちゃんを発見し、どうやらあの勢いで詰問したそうだ。
真宵ちゃんはとっさの機転でやたら時間が掛かることで有名なお化け屋敷を指差して、あっちに行きましたと証言。やはり飛ぶような勢いでオバチャンは去り、どうにか僕らは遭遇しないで済んだ。
「なるほど君。あの人、やっぱり人間じゃないよ」
ぽつりと呟いた真宵ちゃんの台詞に、僕は心の底から同意を示し、とりあえず逆方向のレストランへと向かうのだった。


※オバチャンは多分宇宙人だよ。どう考えても宇宙人だよ。姿からして宇宙人だよ。結局、オバチャンに振り回されるなるほど君が書きたかっただけとも言う。