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※ちょっとしたお話

【027:花瓶】1:35 2007/09/24

背中がミシミシと軋んでいる。首や腕を軽く回すと、面白いくらいに関節が鳴る。張りすぎた首筋や肩の筋肉が猫背になることさえ許さない。
疲れている。
そんなことはとっくの昔に自覚しているものだったけれど、ここ最近の疲労度合いは半端じゃない。まるで何かが背中にべったりと張り付いてるのではないかと思わせるくらい、重く感じるものだった。
「あれ、御剣。疲れてるの?」
ストレッチを始めたことが気になったのか、成歩堂がこちらを向いた。
片手でくるくると器用にボールペンを回している。
「ム、キサマ仕事は終わったのか」
「そりゃまあ、あんまりキミを待たせるわけにもいかないしさ」
ボールペンを持ち替えて、空いた片手でコーヒーカップのふちを軽く撫でながら成歩堂がぼやいた。どうやら、まだ終わってはいないらしい。
「終わっていないのならば、続けたまえ。私のことは気にしなくとも良い」
私はそう言い捨てると、一向に良くならない肩を諦めて、冷め切った紅茶を啜る。エグミと苦さが咽喉を伝い、薄れた香気が僅かに鼻を擽った。
眉を顰めて、淹れ直すかとぼやいていると成歩堂がブツブツと呟いて、ポンと手を打った。
「っていうかさ、御剣」
「何だ?」
「やっぱ気になるからちょっと後ろ向いて」
ぐるりと回転させられて、背中を向ける形になる。予想外の行動に目を白黒させながらも、一応非難の声をあげた。
「ぬ、何を―――痛ッ」
「あー、やっぱり凝ってるよなあ。うん、凝ってる」
勝手に肩揉みを始めた男は酷く嬉しそうな声音で、ぐいぐいとツボを押してくる。とは言え、張り過ぎた僧坊筋は拒絶を示し、ほぐれるどころか痛みしか伝えてこない。
「成歩堂ッ、痛いッ」
「んー、だって凝ってるんだから当たり前でしょ」
さも当然とばかりに親指で指圧していたのを指摘されたあとは、掌底をもって全体的に揉み解し始めた。先程よりは痛みは少ない。
「たまには休めば?」
「私しか出来ん仕事もあるのだ。他人に押し付けるわけにもいくまい」
「タナカさんに頼めばいいじゃん」
「彼女のモットーは『定時帰宅』だ。無理に決まってるだろう」
「それもどうかと思うけどね――っと」
肩から肩甲骨の周りをぐいっと押された。軽い刺激が気持ち良い。
「フルイさんとかどうなのさ。頼めばやってくれるんじゃないの?」
「今、抱えてるのが傷害と殺人だからな。彼女には専門外だ。マルサ絡みも最近増えているし」
無理に決まってる、という言葉は盆の窪を押された拍子に消えた。
側頭葉からシナプスが電気信号を痛みとして発信し、あっという間に前頭葉まで支配する。ついでに頭蓋骨沿いの窪みを親指で押し上げられて、思わず息を呑んだ。
「力抜いてろよ。やり辛いからさ」
幾らか体温の高い太い指が私の頭を蹂躙する。こめかみ、耳裏、頭頂と的確に攻めていく様は素人とは言い難い。
「相変わらず上手いな」
「真宵ちゃん直伝だからねー」
「プロ直伝か・・・・・・」
「直伝だよ」
眦を押されて、生理的な涙が零れる。視界が滲んでどうにも見えづらい。
「成歩堂、頭はいい。肩を頼む」
「うん。ああいやどうしようかな」
ピタリと手が止まった。折角、取れかけた疲れがドッと押し寄せて、半端に気だるくなる。私は非難の意味を込めて、成歩堂を睨みつけた。
「何故止める?」
「続けてもいいんだけどさ。僕の方が持たないっていうか」
「遠回しな言い方は好きではない」
「うん、そうだよね。ゴメン」
成歩堂が深い、それは深い溜息を吐いた。
この男にしては非常に珍しい事態ではある。
「ゴメン、襲いそう」
ワキワキと手を動かす成歩堂を見て、反射的にテーブルにあった花瓶で殴りつけても仕方ないと証言させてもらいたい。


※セクハラマッサージ。まあ、記憶は失わないと思います。なるほど君だし。大概、私の場合は老若男女問わずといったところなので、ただのバカですが。でも若い兄ちゃんやるのは好きだったりします。アレだ、凝り具合とか筋肉の付き具合が堪らんのよ。あと、声な。声。大事だよ、声(シツコイ)