【016:手紙】8:26 2007/09/12 真宵ちゃんが倉院流の正式な家元に付いた、というのを僕は手紙で知った。 キミ子さんが居なくなった後の倉院流はそれこそ実務の面で大変だったらしいけれど、そこは真宵ちゃんのこと。この事務所でこなしていた仕事が役に立って、どうにかこうにかトノサマンシリーズを再度見始めるくらいに落ち着いたと書いてあった。 家元になったからには降霊やら修業場の整備やら畑仕事やら家畜の世話――この辺がどうにも家元と関係ないのではないかと僕はこっそり思っている――なんて雑務が多すぎて、どうやら目を丸くするような事態なのだそうだ。春美ちゃんも居るけれどもやっぱりまだまだ子供ということもあって、学校やら里の事情で事務所まで来る暇はなさそうに見えた。 それでも手紙には『あたしが復帰するまで事務所を守っててよね』なんて書いてあるあたり、笑えてしまうのだけど。 でも、僕は。 この事務所は、もう。 「パパ、どうしたの?」 「ん、何でもないよ」 コーラルピンクのマントをふわりと翻した愛娘が傍に来て、手紙を覗き込んでいる。僕は苦笑しながら、ぽんぽんと彼女の頭を叩いた。 「それ、なあに?」 「パパの親戚の娘みたいな子から手紙を貰ったんだよ」 「ふうん、そうなんだ。パパ、今、みぬきに向かって喋るときと同じ顔してたから」 てっきり子供がいるんだと思ってた、なんて言われた日には苦笑を通り越して、笑いが止まらなくなってしまう。 「あはは。僕、そんな歳に見えるのかな」 「スーツ脱いだら見えるよ、パパ」 「うん、そうかもしれないね」 トレードマークの青いスーツを脱いで、ニット帽をすっぽり被って、顔にはだらしなく無精ヒゲ。確かにコレで弁護士でした、まだ20代なんです、なんて言ったら怒られてしまいそうだ。 「そのうち会わせてあげるよ」 「うん、約束だよ」 まだ小さな手から伸ばされた小指に僕も小指を重ねて指切りをする。 「約束、だね」 満面の笑みを浮かべて、飛び跳ねる様子を見て僕も笑う。 そうだ、いつか会わせてあげよう。あの二人にも。あの人にも。そしてアイツにも。 まだ事実さえ伝えていない色んな人に小さく謝りながら、僕は手紙を片付けた。 ※この話の後に【夏の風】が続きます。なんだかあっちの方が先に来そうな雰囲気ですが、こっちが先。あの事件直後〜5月くらいの感覚で書いてます。あっちは7月くらいですかね。 |