【013:ケーキ】23:49 2007/09/28
急に甘いのが食べたくなって、僕はケーキ屋へ飛び込んだ。
ケーキ屋というものはどうにも女性向けのレイアウトが多くて、照れるどころか居心地の悪さに肩身が狭い思いをするものだけれど、その店はこざっぱりとして店員も男だったから僕は安心してケーキを見てた。
ずらずらと書き連ねてある馴染みのないカタカナが僕の脳を上滑りして、逃げていく。ううん、どれがどれだかサッパリ分からない。
とりあえずチーズケーキとシュークリーム、それから季節モノということでパンプキンパイとモンブランを買ってみた。一人ではとても食べきれない量だけれども、事務所に持ち帰れば真宵ちゃんがたちまち食べつくしてしまうだろう。それだけはちょっと承諾できない相談だ。ただでさえ高いエンゲル係数が更に高くなっちゃ困るんだ。真宵ちゃんにはコンビニデザートで我慢してもらうことにして。
「846円です」
「あ、ハイ。すいません」
雲散霧消する思考を投げ捨てて、僕は勘定を済ませた。
片手には小さなケーキボックス。さて、どこで食べようか。
つらつら考えていると、バカ高い検事局が目の端に映った。
「んー」
真宵ちゃんほどではないが、御剣も甘いものが好きだ。紅茶ばっかり飲んでるのは単にケーキを食べるから、だそうで。コーヒーはどうだろうと勧めたこともあったのだけど、チョコレートケーキよりもシフォンやタルトを好む御剣に取って、ソレは愚問とも言える提案だったのだろう。とは言え物凄く顔を顰められた時は少しだけ僕は凹んだのだけれども。
「居るかなあ」
携帯電話を取り出して、短縮ボタンで呼び出した。
1回、2回。
運転中かもしれない。掛けてから気付いたものの、それならマナーモードに切り替えてあるはずだ。
5回、6回。
やっぱり外回りだろうか。検事にしては珍しく、現場に出向く男だから。
12回、13回。
もしかしたら会議かもしれない。捜査会議の真っ最中に私的の電話は禁物だろう。僕は小さく溜息を吐いて、電話を切った。
まあ、いろいろ忙しい男だからそうそう私的なことで邪魔をするのも悪い気がする。そう思って、電話をしまおうとすると、真宵ちゃんの設定したトノサマンのテーマが鳴り響いた。
「はい、成歩堂です」
「私だ」
御剣だった。この偉そうな言い方は他に居ない。
「さっきはゴメン、相変わらず忙しそうだね」
「そうでもない。少し席を外していただけだ。何か急ぎの用なのか?」
「いや、別にどうってことないんだけどさ。今から行っても大丈夫かな?」
「暇つぶしなら遠慮する」
「あのさ、ケーキ買ったんだけど一緒に食べないか。ほら、そろそろ3時だし」
呆れたような吐息が電話越しに聞こえる。まあ確かにいい年した大人が3時のおやつなんて台詞は似合わないのだろう。多分。
「まあいい。そろそろ紅茶の時間にするつもりだ。それで良ければ来たまえ」
「悪いな」
「構わん。そうだな、冥も呼ぶか」
「え? 狩魔検事戻ってきてるの?」
「一時的にな」
「分かった、なら急いで行くよ。あ、守衛の人に言えば大丈夫かな?」
「私が下まで迎えに行こう」
「分かった。じゃあ後で」
「ウム」
僕は電話を切って、浮かれた足取りで歩いていく。まあ、何だかんだと僕は御剣に構って欲しくてこんなことをしてるのかもしれない。自然に緩む口元に苦笑いをしながら、僕は高々と立ちふさがる検事局へと足を運んだのだった。
※ちなみにモンブランは御剣、パンプキンパイは冥ちゃん、チーズケーキはなるほど君で、シュークリームは何故か来ていたイトノコさんの取り分になった模様。