【009:宴会】0:14 2007/09/23
酒を呑むとハイになる。
酒が過ぎればメロウになる。
甚だ問題だらけのような酒癖の悪さに己ながら辟易することもある。
が、呑み潰れる前に周りが潰れてたりするからそれなりにハイな状態を保ったままで。そもそも死屍累々の真ん中に素面で居ても仕方ない。結局呑んだところで一人という空しさも手伝って、片付け担当が今までの僕の役回り。毎度お決まりのパターンに僕は少し凹んでいる。
「もう、のめねえよぉ〜。なるほろ〜、おめ、強す・・・ぎ・・・・・・」
そう言い残して矢張は潰れた。今日も今日とていつも通りの展開。
僕は溜息を吐いて事務所を見た。正しくソコは阿鼻叫喚。死屍累々。
イトノコさんは一升瓶を抱いたまま、部屋の隅で転がっている。真宵ちゃんは壁際でぐっすりと就寝中。ナツミさんは大の字でグーグー鼾なんかかいているし、矢張はいつも通り突っ伏すように爆睡していた。
事務所の上にある勉強部屋、通称『虎の穴』。
そこで僕らは呑み会をやっているのだった。
御剣の送迎会という名目で始まったはずの宴会は既に主役は忘れ去られて、馬鹿みたいな余興と酔っ払いのテンションによりピークを迎え、力尽きたように次々と夢の国へと旅立ったようだった。試しに矢張の頬っぺたをぐいっと引っ張ってみたものの起きる気配はない。相当深い眠りについているようだった。
ちなみにこの会の主役であるはずの御剣は何事もなかったかのように部屋の隅のほうで淡々と呑んでいる。
っていうか、ずっと呑んでるよコイツ。
僕は僅かにビビりながらも、御剣の隣に座った。
今の今まで僕は溜息を吐きながら、潰れた面々に毛布やら掛け布団を被せていたのだ。酔っ払いなんて放っとけばいいんだけども、一応事務所で呑むからにはその所長としてこのくらいはやらなきゃいけなんものだと自分に言い聞かせて酔っ払いの対応にバタバタしていた。大体、メンバー自体が酔っ払うとハイになって急に潰れる面々だから性質が悪い。ついでに言うと揃いに揃って絡み酒。何の嫌がらせだろうと思われるほどに僕は絡まれ続けて、開始から4時間。ちびちび呑みながら酔っ払いの相手をしていたのだった。
何にしても偉いぞ、僕。
自分で自分を褒めながら、空いたグラスに酒を注ぐ。既にコップ酒だけれども気にはしない。
「あー、お疲れさん」
「ウム。私も手伝わなくて良かったのだろうか」
「良いんだよ。オマエが主賓なんだからさ」
「しかし、この状態では多分目的自体覚えてるものが居ないと思われるが」
「僕が良いから良いの。そういうことにしとけよな」
アルコールが食道を通って、胃に滲みていく。うう、空きっ腹には堪えるな、やっぱり。
御剣をチラリと見ると平気そうな顔でグイグイ呑んでいく。意外と呑める口らしい。
「ってかオマエ、まだ呑んでたんだな」
「ム、悪いか」
「いや、そうじゃなくてさ。結構強いんだなあ、と思って」
「局内の呑み会で鍛えられた。嫌でも強くなるぞ」
「どういう呑み会だよ、ソレ」
既に御剣の空けられたコップに僕は日本酒を注いでやって、少し離れた所に放置されてた裂きイカを引っ張ってくる。
「食べるだろ」
「いただこう」
酔っ払いの鼾と寝言をBGMに僕らはひたすら呑んでいく。
元々空いていた空瓶は入り口に集めてあるし、ゴミはある程度まとめてあるから片付けるべきは、残った酒だ。僕は酒瓶を手繰り寄せて、御剣に勧めてみた。抵抗なく注がせてもらえるということはまだまだ呑めるのだろう。
「オマエ、もしかしてザル?」
「そんな事はない」
聞けば、検事局の呑み会で潰れたことが2度ほどあるそうだ。それ以降、己の限界を把握しており、決して潰れたことはないと断言された。
「アレは私の人生の中で5番目に入るほどの汚点だ」
どうやら半強制的に呑まされた挙句に潰されたようで、語る表情は苦々しい。相当嫌な思い出なのだろう。となると、興味本位で聞いてみたくなるのは人間の性だから仕方ない。
「別に呑み潰れるなんてフツウだろ。矢張なんかいつものことだし」
「違うのだよ。呑み潰れると言うか。その後が少し、な」
酷く言い辛そうな姿はコイツには珍しい。
「何だよ、言えよ。気になるだろ」
「う、ム」
「それとも言えない様なことでもあったのか? 女性職員に押し倒されたとか」
僕はゲラゲラ笑いながらそんな冗談を言うと、御剣が目を見開いてこちらを見た。
え、何ソレ。その反応。もしかしてビンゴ?
内心冷や汗をダラダラ流しながら、笑っていると御剣が深い溜息を吐いた。
「押し倒されたのではない」
「え?」
「その、起きたら化粧が施されていて」
口篭る御剣を放っといて話をまとめてみる。えーと、酔い潰れて寝ちゃった御剣に女性職員が化粧をした、と。っていうか、そのくらいは別に困らないような気がするんだけれども。確かに公言するようなことではないけれど、黙っているほどのことでもないだろう。酔っ払いだし。ということは。
「もしかして女装とかさせられたの?」
「な、何故ソレを」
「え、マジで?」
「むうゥ、キサマ、誘導尋問かッ」
「使い方間違ってるから、ソレ」
でも、その女性職員もチャレンジャーだよな。化粧だけじゃなくて女装までさせるとは。っていうか、アイツに合う服なんかあるんだろうか。もしあったとしたら計画的だよなあ。
「まあまあ、酔っ払いなんだし許してやれよ。悪気があったわけじゃないだろ?」
顔を真っ赤にしながらブツブツ文句を言っている御剣の背中をバンバン叩いて、僕は慰めの言葉を口にする。というか、正直笑いたいのは山々なんだけど笑ったら本気で殺されかねない。
「しかし私にピッタリの服を用意してるあたりで計画的だと思うのだが」
マズい、気付いてたのか。
「ほら、呑み会で余興とかやる時に持ってきたヤツじゃないのか。女装なんて当たり前だろ?」
「ぬう」
そんな拙い言い訳で通じるのか少し不安になりながらも、僕は女性職員の弁護をしている。というか、なんでそんなことやってるんだ。僕が原因じゃないよな、うん。
「しかし。しかしだな。その、私が女装したところで何が出来るわけでもないぞ」
ちょっと待て。なんでソコでその理屈に達するのか僕には理解できない。ああもう、コイツ頭イイんだか馬鹿なんだか本気で分からなくなってきた。ってか、馬鹿だろ。
「あのさ、そういうのは女装して似合わないのを笑うんだよ。だから何も出来なくたって構わないんだって」
「それは女装趣味の人間に対する人格否定に繋がりかねない発言だな」
「オマエ、女装趣味あるのか?」
「そんな訳あるか。しかし、マイノリティは存在するだろう?」
ダメだ。話がすれ違ってきた。流石と言うか、ヤッパリと言うか。なんでコイツと話すと論点が大幅にずれていくんだろう。
僕はコップに残ってた酒をグビリと呑んで、次を足す。呑まなきゃやってらんないよ、こんな馬鹿みたいな話。それは御剣も同じのようで、ほぼ一息で呑み干したかと思うと些か乱暴に酒を注いだ。
「そもそもキサマとて私を追いかけて弁護士になるなぞ言語道断。動機が不純すぎるぞ、成歩堂ッ」
話が飛んでるよ。飛躍しすぎだよ。なんで急にそういう話になるんだよ。
僕が頭を抱えている間も、御剣はクドクドと説教を始める。何でだ。何でそんな展開になるんだ。正直信じられない。僕、何か悪いことでもしたんだろうか。というより、コイツの気に障ることでも言ったんだろうか。
「キサマ、私に惚れてるのかッ」
前言撤回。この酔っ払いどうにかしろ。
「御剣、オマエ酔ってるだろ」
「ム、酔ってないぞ」
「あのねえ、今オマエ何杯目だよ」
「23杯目だ。正しくは缶酎ハイ6本に焼酎が5杯、それから日本酒に切り替えて12杯だな」
多分、合ってる。ってか、数えてる時点で何かしら間違ってるような気もする。むしろココまでザルに近いコイツを潰した検事局ってどういう魔窟なのかが少し気に掛かる。特に女性職員一同。
「数えてたの?」
「己の限度を知るということは管理も怠るべきではない」
「イヤイヤイヤイヤ、そういう問題だったっけか?」
「そういう問題だ。いい加減、自己管理がなってないぞ、キサマ」
何で僕、説教とかされてるんですか。
「うう、なんでオマエにそんなこと言われなきゃならないんだよ」
「キサマとて今日はかなり呑んでるな。何杯目だ」
「数えてるわけないだろ」
「潰れても私は放っておくぞ」
「期待してないよ。それよりオマエもう寝た方がいいんじゃないのか。疲れてるんだろ?」
「寝る、だと?」
ギロリと睨まれた。ヤバい、目が据わってるよ。
「まさかキサマッ、私に女装させるなどと言い出すまいなッ」
「いい加減に寝ろッ」
僕は何処からともなくハリセンを取り出し、ソレを思い切り御剣に叩きつけた。
※いや、しっとりした話を書くはずだったんですよ? 冒頭はその名残が残っているんですが、いつの間にか御剣女装ネタになりました。馬鹿すぎます。一体どんな女装だったんだろう。とりあえずカツラとスカートは必須。いや、元の髪にリボンだけでもいいな。パッドを入れたブラくらいかね。普通の詰め物でもいいけどね。さぞかしガタイのいいオネエ系になったんだろうなあ。・・・・・・描いてみたいな。