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※ちょっとしたお話

【003:切符】

私の住んでるところから、あの事務所まで電車で2時間。
快速なんて物自体ある事さえも知らなくて。
今は慣れた改札口からホームに抜けて、ジッと待つ。
30分に一本なんて、逃がしてしまったらもったいない。
アナウンスが始まって。
僅かに聞こえる電車の音。
軋む線路に悲鳴をあげて、ようやく止まる車体に飛び乗る。

私の住んでるところから、あの事務所まで電車で2時間。
ガタンゴトンと揺れながら。
携えた文庫本を読みながら。
昔のことを思い出す。
ほんの少し前のことを。
ガタンゴトン。
快速列車が駅を抜ける。
ガタンゴトン。
ガタンゴトン。

私の住んでるところから、あの事務所まで電車で2時間。
見慣れた駅にやっと着いて、私は静かに電車を降りる。
プシュー、と背後でドアが閉まる。
電車はやがて次へと向かう。
私は歩いて改札口へ。
自動改札機に次々と呑まれていく、切符と人の列。
私も並んで同じように。同じように切符を通す。
ココを抜ければ、あの事務所までもう少し。
フッと視線を上げる。と。
「やあ、春美ちゃん。久しぶり」
そこに佇む見慣れた顔と。見慣れぬ連れと。
「なるほどくん、お久しぶりですね。ところでそちらの御仁は?」
「ん? ああ、オドロキくんか。ほらほら自己紹介しないのかい?」
「あ、お、俺、王泥喜法介ですッ」
「そんなに大声出さなくても聞こえるよ」

あはは。うふふ。
軽やかに、笑う。
「綾里春美と申します。よろしくお願いしますね、オドロキさん」
動揺する青年にニッコリと微笑んで、挨拶をすると今度は顔を赤く染めている。コロコロ変わる表情が面白いな、と思った。
「あ、え、う、こ、こここちらこそ、よ、よろしく。春美さん」
「あははっ、オドロキ君。そんなに緊張しなくてもいいんだよ」
「そうですわ、オドロキさん」
「春美ちゃんもキレイになったからね。オドロキ君、あんまりジロジロ見ると失礼だぞ」
「お、俺ッ、ジロジロなんか見てませんっ」
「まあ、仕方ないかな。あはははは」
穏やかな、それでいて少し陰のある微笑み。
昔の彼では考えられないその表情。
けれども。

向けられるその眸だけは決して変わることはない、真っ直ぐな、視線。

「なるほどくんは変わってなくて少しだけ安心しました」
「そうかなあ。そんなこというのは春美ちゃんくらいだよ」
縮まった目線の高さ。ほんの少し痩せた体躯。それでも彼は、変わらない。
「春美ちゃんはキレイになったね。それに少し千尋さんにも似てきたような気がするよ」
「まあ、お世辞は結構ですわ。なるほどくん」
「お世辞じゃないよ」
「ふふふ、じゃあそういうことにしておきますね」
本質的なことは、何ひとつ変わってなどいない。

「そろそろ事務所でみぬきが待ちくたびれてるかな」
「みつるぎ検事さんもいらっしゃるのですか?」
「残念ながら、アイツは仕事で居ないんだけどね。春美ちゃんに会いたがってたよ」
「では、明日にでも会いに行きましょうか」
「そうしてあげてくれないかな。何だかんだ言って、喜ぶだろうし」
「ええ、分かりました。楽しみにしておきますね」
「そうだね。おーい、オドロキ君、何ぼんやりしてるんだい? 追いてっちゃうよ」
「まあ」
「あ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ。成歩堂さんっ」
変わったのかもしれないけれど、自分にとって彼は彼だ。
それ以上もそれ以下もなく、ただそこに在るだけで価値を齎す。
「なるほどくん」
「ん、どうしたの?」
同じ声、同じ癖、同じ眼差し。
何でもないように握られた手の平に嬉しくなってしまう。
「何でもありません」
「そう? じゃあ、行こうか」
「俺だけ置いてかないでくださいってば、二人ともっ」
「あはは、ゴメンゴメン」
「笑って誤魔化さないでくださいっ」

私の住んでいるところから、あの事務所まで電車で2時間。
そこには私の家族が待っている。

※4設定。こんなことがあればいいな。ってことで、春美ちゃん。2ヶ月に1回くらいのペースでパパに会いに来てたらいいな。あっちにもこっちにも娘さんだらけの成歩堂さん萌え〜