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※ちょっとしたお話

【001:六法全書】23:27 2007/09/13

ぼろぼろのポケット六法。
僕が司法試験を勉強していた頃に使っていたものだ。
今は改正が続いて、廃止になった法律やら新しく増えた法律もあるのだけれど。
どうにも手放せなくて、まだ、持っていた。

「ねえ、パパ。コレって新しいのにしないの?」
「うん? ああ、ソレか」
みぬきがファイルだらけのスチールラックにぽつんと置かれたソレを指した。少し埃を被って、白くなっている。
「これはパパの思い出みたいなものだからね」
「ふうん。誰かに貰ったの?」
「いいや、僕が買ったものだよ」
懐かしい装丁にパラパラとページを捲った。
そんな昔のものでもないのに、ソレは古びた書物の匂いを帯びて、忘れたはずの感情さえ呼び覚ましてしまう。
「あの時は、迷いなんか無かったのになあ」
「使わないの?」
「もう弁護士じゃないからね」
小さく笑うと、目の前の可愛らしい顔がみるみる暗くなっていく。
「戻るつもりはないの、パパ?」
「僕が戻っても喜ぶ奴は居ないだろ?」
優しく諭すように答えると、ふるふると首を横に振って否定される。どうやら反論があるらしい。僕は苦笑して、愛娘の頭をぽんと叩いた。すると、バッと顔を上げて何か言いたそうな目と視線がぶつかる。
「みぬきも、オドロキさんも、真宵ちゃんも、春美ちゃんも。ええとあと、冥さんとかイトノコさんも喜ぶよッ」
「うん、そうだね」
「パパだって戻りたいって思ってるんでしょ? だったら無理しないで――」
「でも今はしがないピアニストだよ」
「パパッ」
シィ、と僕は人差し指を立てて静寂を促した。
言いかけた言葉を飲み込んで苦しそうな表情を浮かべるみぬきにソッと笑いかける。
「言ったろ、パパはもう弁護士じゃないんだ」
「でも、御剣パパだってッ」
「うん?」
「・・・・・・御剣パパだって、パパが弁護士に戻るのを待ってるんだよ」
「アイツが?」
「・・・・・・・・・うん」
急にしおらしくなって俯いている。本当に僕のことが心配なんだな、と思うと少し視界が滲んでしまう。最近どうにも涙腺が緩くっていけない。
「まあ、気が向いたらもう一度試験受けなおしてみようかな」
「本当ッ」
心底嬉しそうな顔に苦笑しながら僕は帽子を深く押さえつける。
今度は自分のためではなく、この子とアイツのために試験を受けてみようか。
「受かるかどうかは分からないけどね」
「パパだったら絶対受かるよ」
ニッコリと微笑まれて、叶わないなと息を吐く。
「ありがとう、みぬき」
「ううん。それより御剣パパにもちゃんと伝えるんだよ。パパが試験受けなおすってこと」
「そうだね」

ぼろぼろのポケット六法。
10年以上前に僕が御剣を追うために使った、その道標。
新しいのを買わなきゃな、と思いながら。
僕は静かにソレを元の場所に戻した。

※通称ポケ六。六法全書は死ぬほど膨大な量なので、ポケット六法くらいがリーズナブルで持ち運びが便利。というか、普通勉強するならこのくらいで十分です。ええ。