「はあ・・・・・・」
「うん?」
「はあ・・・・・・・・・」
「真宵ちゃん?」
「はああ・・・・・・・・・・・」
「ええと、真宵ちゃん。どうしたんだよ。溜息なんて吐いてさ」
「うん、ちょっとね」
「僕で良けりゃ相談に乗るけど」
「うん、ありがとう。でもなるほど君じゃ無理だよ」
「何が?」
「アレが」
「アレ?」
僕は真宵ちゃんの指差した方向に視線を動かした。
窓の外に見えるのは大きな垂れ幕をはためかせたホテル・バンドー。
昨日から始まった『秋のスウィーツ〜ケーキバイキング〜』ということで、大々的にプッシュしているものらしい。
「アレがどうかしたの?」
「どうかしたのじゃないよ、なるほど君」
真宵ちゃんがぼんやりと入り口を見ている。
入り口付近には列が出来ており、どうやら盛況のようだ。
「真宵ちゃん、昨日行って来たばかりじゃないか」
「そうなんだけどさあ」
「昨日あれだけ食べつくして、ホテルの人に泣きつかれただろ」
「うう、そうなんだよねえ」
真宵ちゃんはもう一度深く、溜息を吐いた。
ケーキバイキング初日。
僕も無理矢理連れて行かれたケーキバイキングの会場では、これでもかとばかりにケーキだけがひたすら並んでおり、女性特有の高いトーンが会場内を埋め尽くしていた。中には彼女に無理矢理連れてこられたような若い男性や、一人で黙々とケーキを物色する中年男性(しかもスーツ姿だった)も居たけれど、やはり全体としては女性ばかりのイベントと化している。
そこまで甘いものが得意ではない僕としては、見ているだけでお腹一杯になりそうな代物ばかりだったけれど、真宵ちゃんにとってはそうじゃないらしく、隣で武者震いをしている。
多分、今、真宵ちゃんの視界にはケーキしかないのだろう。
僕はコーヒーを取って適当な席に座った。真宵ちゃんはストレートティーをチョイス。コレは本気で食べるつもりらしい。
皿を片手にハンターと化した真宵ちゃんは会場の端からまずは一種類ずつ取っていた。
一種類ずつ、と言えどホールの周りをぐるりと囲うようにディスプレイされたケーキはざっと見ても100種類以上。更にセンターのテーブルに真宵ちゃんの言っていた等身大トノサマンケーキと各種フルーツやゼリーなどが並べられている。
とはいえ、やはり女性陣にはクリーム系、ショコラ系、タルト系やムースなどといったスタンダードなものが良いようだ。と言うか、あのトノサマンは完全に飾りだろ。うん。
挽き立ての豆を使った濃い目のコーヒーをゆっくり喫しながら、僕は真宵ちゃんの動向を見守った。
とりあえず皿は普通の12cmくらいの大きさしかないから、一度に取れる量は5個が限度。そんなことは百も承知だと、真宵ちゃんは既に三皿ほど持っている。ううん、意外な所でウエイトレスの経験が生かされてるな。
「ほら、なるほど君も食べる食べる」
かちゃりかちゃり、とテーブルの上に皿が並んでいく。ひい、ふう、みいっていつの間に五皿になってるんだよ。
「真宵ちゃん、取りすぎだよ」
「えー、そうかなあ」
そうでもないよ、と無邪気に微笑まれると僕にはもう止める術は無い。
「いただきまーす」
真宵ちゃんは満面の笑みで、ひとつ目のケーキにフォークを差した。
「でも昨日のアレは無いよなあ。幾らなんでも食べ過ぎだって」
「そんなことないってば。もうっ」
真宵ちゃんが憤っている。
結局、あの後真宵ちゃんはケーキ全種類(126種類あったのだそうだ)を完食し、更にトノサマンケーキを求めた。流石にそれにはホテルの従業員が慄いて、一応アレはディスプレイ用だと真宵ちゃんに説明をした。が、それで真宵ちゃんが納得するはずが無い。
どうしても欲しい、と駄々を捏ねた挙句、どうにかしてよなるほど君、と僕に縋った。
「ディスプレイ用だって言ってるんだから無理だって、真宵ちゃん」
「ちっちっちっ、分かってないなあ」
御剣の真似か知らないけれど、顔の前で人差し指を振った。
「フェアの目玉っていうからには食べつくさないと失礼なんだよ、なるほど君っ」
「誰が決めたんだよ、ソレ」
「知らないの? 供子様に決まってるじゃないッ」
ああ、きっと倉院流では当たり前のことなのだろう。ケーキ全種類食べきるのも。目玉だろうが何だろうが食べつくしてしまうのも。むしろ、身体の作りからして僕らとは違うものなのかもしれない。
無理だって、126種類とかさ。
「まあ、いいじゃないか。フェア最終日に頼み込んでみたら?」
痛んでるかもしれないけど。
「ううん、その手もあったね。でも食べられるのかなあ」
真宵ちゃんも同じことを考えていたらしい。
「真宵ちゃんなら大丈夫だよ、多分」
「うん、そうだね。ありがとうなるほど君」
ニッコリ微笑む真宵ちゃんに少しだけ罪悪感を感じる。
一応、後でホテルの人に聞いてみることにしよう。
「じゃ、今日もサクサク仕事を片付けてバイキングに行くからね。なるほど君っ」
僕はそのセリフに血反吐を吐くのではないかと思うほど、ダメージを受けて思わずソファの背に崩れたのだった。
※ザ・ブラックホール真宵ちゃん。私はなるほど君派なのであんまりケーキバイキングとか行きません。行けません。が、某ヨシムラ君は相当の甘党なのでケーキをホールで食べるのは当たり前らしい。しかも飲み物はココアとか私を殺す気か。聞いてるだけでお腹一杯だよ、兄ぃ。
20:29 2007/10/08