「秋だねー」
真宵ちゃんの言葉に僕は小さく慄いた。
持っていたボールペンが身体の震えを伝え、書類の文字が小刻みに揺れている。
「ねえ、秋なんだよ。なるほど君」
「な、何が?」
僕は恐る恐る顔を上げた。
真宵ちゃんが見ていたテレビは『美味しい秋のスウィーツ特集』などと謳っており、何となく次の言葉を予測される。というか、ソレしかない。
「秋って言ったら、食欲の秋だよッ」
ヤッパリそう来たか。
僕は微かに天井を仰ぎ、それから盛大に溜息を吐いた。
真宵ちゃんに秋。
それはネコにマタタビと同義語で、途方も無く散財を強いられる季節でもある。
テレビは相変わらず身勝手なほどスウィーツやら美味しいもの特集を組んでおり、ソレを見た真宵ちゃんにとことんせびられる可哀想な僕が居る。
「僕は奢らないぞ」
「えー、なるほど君のケチー」
「あのな、真宵ちゃん。少しは僕の財布の中身も心配してくれよ」
「そんなのなるほど君が稼ぎが少ないからじゃない」
僕の心の柔らかい場所にグサリと刺さる。
うう、酷いよ。酷すぎるよ真宵ちゃん。
「そんなに食べたけりゃ御剣に奢ってもらえよ。アイツ甘いの好きだし」
「うーん、それもいいかなーって考えたんだけど」
真宵ちゃんの目がキラキラと輝いている。どうやら何か腹案があるようだ。
「実は隣のホテルでさ、ケーキバイキングやってるんだよ。期間限定で」
「期間限定? いつもやってなかったっけ?」
「だーかーらーッ、秋のスウィーツスペシャルなんだってっ。超巨大トノサマンケーキもあるんだよ。等身大の」
ああ、と僕は深い溜息を吐いた。
秋は深い。深いのは真宵ちゃんの胃袋。むしろブラックホール。
「やっぱりココはチャレンジしないとね」
無理だ。こうなった真宵ちゃんに付いていくのは無理だ。
そう判断した僕の身体は即座に受話器を取って、御剣への直通電話番号をプッシュしようと指が動いた。
多分、アイツなら何だかんだと言いながらノリノリで真宵ちゃんと一緒に行ってくれるに違いない。さもなくばイトノコさんに食料がありますよと教えてあげれば良いだけの話だ。そのはずだ。
「あ、そういえばミツルギ検事、出張で居ないんだよね。なるほど君」
確かイトノコ刑事さんも、というセリフが今まさに最後の番号を押そうとした僕の指を止めた。宙を彷徨う指が小刻みに揺れている。
「じゃ、なるほど君。早速行くよ。今日が初日なんだからねっ」
にっこりと微笑んだ真宵ちゃんの顔に、僕は悲鳴を堪えつつ大人しく受話器を置くことくらいしか出来なかった。
※真宵ちゃんの胃袋は倉院のツボ。もとい、クラインの壷。エンゲル係数が気になる成歩堂法律事務所ですが、何だかんだと御剣あたりが支援してそうです。
17:27 2007/10/07