どこで。 すれ違ってしまったのだろう。 言葉を交わすことさえままならぬ状況へ陥ってしまった。 いや、違う。ただ言葉を止めてしまっただけだ。 一方的に繰るばかりの言葉は受け流されてしまえば意味をなさない。 互いに認識しなければ言葉は会話へと相成らない。 だから独り言は成立しない。存在はしても言葉ではない。思考が外に漏れているだけなのだろう。概念だけが零れてしまっているのだろう。 耳という器官は己の意思で閉じるなどということは出来ない。だから己の声が相手に全く届いていないというわけではないのだろうが。諦観にも似た思いはただ溜息となって現れ、嘆息というにはまだ足りない感情を補完する。 喋る必要性など何処にもないことはだいぶ前に気付いてはいるのだ。砕かねば分からないほど複雑な心境でもあるまいに。結果など始める前から知っている。この先も予想はつくのだ。 ならば。 「これっきりだ」 ぽつりと漏らす。誰にというわけではない。聞こえるかどうかも定かではない。そもそもこの部屋には己を除けばただ一人しか居ない。 「これっきり、だ」 もう一度、言う。声に出すことによって何かしらの意味を生む。たとえ其れが己にとって望むべきものでないにせよ、言霊は音となり、他人へと波及する。 「今度のことは忘れてやる。すべて無かったことにする。いいな、何もなかった」 語気を些かに強める。 「咎めるつもりはない。恨みもしない。だから、キサマも忘れろ」 ゆっくりと向き合う。向き合えば見える。双眸に映る己の姿。舐めるように絡む視線。向き合うは黒目がちな瞳。全てを飲み込むような漆黒は光を帯びない。 「御剣」 いつの間にか懐に飛び込まれ、抱きすくめられる。両腕が封じられ、逃げることさえ叶わない。 己の肩に埋もれたまま、男が繰り返す。骨伝導と空気振動。音が二重に響いた。 「御剣」 艶を帯びた声が、吐息が。己の聴覚を奪っていく。 流されてしまいそうになる意識をようやく押し止め、ただ一言を放つ。 「放せ」 深、と静寂の広がる室内に互いの呼吸だけが喧しい。 暫く止まっていた音が衣擦れで戻された。 「放せ、成歩堂。聞こえないか?」 「聞いてるよ」 「ならば――」 「ヤダよ」 知るもんかとぼやきながら、目の前の男が動く。思わず反応し、一歩退いた。ぬう、と伸ばされた手がこちらの腕を掴み、強く引き寄せる。握られた力に眉を顰めながら、跳ね除けようと腕を振った。 ※ここから先は裏行きでしょうか。いや、続きがあるわけじゃ無いんだけどさ。 22:42 2007/08/28
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