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【殉教者】


「僕は」
彼はかつてないほど真剣な顔をしている。
その表情と声音に私は思わず背筋を伸ばし、彼を見据えた。
「僕は、君が求めるのならば何だってするよ?」
そう言って笑った顔はいつもと変わらなかったが、眼差しは据わっておりそれが嘘などでないことが分かる。
彼に悟られぬ程度、ほんの少しだけ身震いをする。
どこかで見たことのある目だと思った。
そうだ、あれは。

* * *

「異議あり。弁護人、話にならん。それではこちら側の証拠品と矛盾している」
「異議あり。その証拠品は真犯人が残した偽りの証拠です」
ハッ、と私は鼻で笑う。
「馬鹿馬鹿しい。ならばその真犯人は何処に居るのか」
「それは……」
「答えられないのであれば、迂闊なことを言うのは止めたまえ」
言葉に詰まる彼を置いて、私は裁判官に先に進めるよう目で訴える。
どうせいつものハッタリだ。そんなことで時間を費やすほど愚かなものはない。
「では証人。話を続けてください」
「は、はい」
裁判官に促されて、証人が再び証言を続けた。
記憶を辿るのはいつだってたどたどしい。
流暢に喋れる輩は必ず嘘を吐いている。
証人はその点で言えば、後者に当たった。本人は気付いていないのかもしれないが、視線が必ず下を向いている。
考えながら証言しているな。
このまま放っておけば弁護人から待ったが掛かるだろう。
仕方あるまい、と思いながら溜息を吐いた。

「御剣」
裁判が終わると、成歩堂が声を掛けてきた。
笑顔なのが面白くない。
私は、何だ、と至極仏頂面で答えてやった。
「何だよ、不機嫌になることないじゃんか」
「キサマはな。私はまた負け越しだ。腹を立てるなというほうがおかしい」
「勝ち負けじゃないだろ、裁判は」
ム、と言葉に詰まる。
これだから口の立つ男相手は疲れるのだ。
「今夜、空いてる?」
「ふざけるな」
この裁判の事後処理が山のように残っている。
どうせ担当刑事を呼び出してまた減棒だとどやさなければならない。
警察庁も検事局ももっと優秀な人材を集めようと努力しないから、冤罪が減らないのだ。全く腹が立つ。
私は苛々を成歩堂にぶつけて、立ち去ろうとした。
が、腕をつかまれて引っ張られる。
「何をする」
低く唸ると、成歩堂はなんでもないよとそのまま私を引きずった。
近くの控え室のドアを開けて、中に入る。
ようやく腕を外されて、私は痛む部位を摩った。
「何で怒ってるのさ」
「知るか」
どうにも腹立たしく思ってしまい、私は部屋を出ようとする。
「待てよ」
呼び止められて、思わず脚が止まった。
成歩堂が近づいてきて、背中越しに抱きついてくる。
「頼むから機嫌なおして、御剣」
「鬱陶しい」
跳ね除けようとするが、腕を固定されているせいか上手く動けない。
首筋に生暖かい吐息が掛かって、声が出そうになった。
肩に成歩堂の頭が乗っている。ふりむくことも出来ない。
「御剣」
急に艶のある声を耳元で囁かれる。
足から力が抜けるのを感じて、壁に手を付いた。
「機嫌、直してってば」
そのまま首筋を舐められて、思わず声が洩れそうになる。
顔に血が上るのが分かる。今の私の顔はかなり赤いに違いない。
どうにか声を押し殺して、力の入らない身体で彼の鳩尾を肘で打つ。
どがっ、という音と共にようやく彼の身体が離れた。
私は振り返り、彼を見るとげほげほと咳き込んでいる。イイのが入ったようだ。
「ちょ、御剣。鳩尾は止めてくれよな…」
「馬鹿かキサマは。ここを何処だと思っているっ」
腹を押さえながら、よろよろと成歩堂が立ち上がる。
「ええと、裁判所」
「そういうのは帰ってからにしろ、阿呆」
「良いの?」
私はとんでもないことを口走ってしまったのを成歩堂の微笑みで知った。
これは、マズい。
「いや、そのなんだ。こういうアレは――」
「僕は」
彼はかつてないほど真剣な顔をしている。
しどろもどろと何かを言いかけた私はその表情と声音に思わず背筋を伸ばし、彼を見据えた。
「キミが求めるのなら何だってするよ?」
そう言って笑った顔はいつもと変わらなかったが、眼差しは据わっておりそれが嘘などでないことが分かる。
彼に悟られぬ程度、ほんの少しだけ身震いをする。
どこかで見たことのある目だと思った。
「僕、今ものすごく御剣とシたいんだよね」
かつてないほど爽やかな笑顔に破廉恥な言葉を乗せて成歩堂が言った。
そうだあれは、ベッドの上の成歩堂ではないか。
気付いたときには既に唇が重ねられていた。顎と腰をしっかりと固定されて、壁際に追い込まれる。
くちゅり、と成歩堂の舌が口腔に潜り込んで私の舌に絡んできた。
ああもうこの男は、と心中思いながらも与えられる快感に身を委ねてしまう。
今日はもう仕事は無理だな、と私はこっそり携帯の電源をオフにした。

〜その後〜
ようやく介抱された私は迷わず成歩堂を蹴飛ばして、怒鳴った。
「時と場所を選ばんか、大馬鹿者」
「痛てて。じゃあ帰ってから、シよ」
めげない男だと溜息を吐いて、私は控え室の扉を開ける。
「御剣?」
「だから時と場所を選べと言っている」
多分私の顔はまだ赤いままだろう。
早足で駐車場へと向かう私の後ろから成歩堂が走り寄ってくる音が聞こえた。
「乗せてってくれるんでしょ?」
「当たり前だ」
車のロックを開錠し、私は運転席に乗り込んだ。
成歩堂も慣れた様子で助手席に乗り込んでいる。
「ホテルはヤだよ」
色っぽい御剣を他人になんか見せたくないし、と何事もない表情で笑う成歩堂。
「阿呆か、キサマ」
私は乱暴にクラッチを蹴飛ばして、エンジンを勢いよく噴かせた。

※サカリか、なるほど君。照れ隠し御剣さん。というか裁判所でンなことするなよ、バカップル。このまま御剣さんの部屋に直行した模様。

14:53 2007/06/10

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