ゴールデンウィーク前。 なんだかんだと最も暇な時期になる。 弁護士に休みがあるか、と言われそうだがそういうことではない。 何というか、つまり。 「ゴールデンウィークだよ、ゴールデンウィークっ。遊びに行こうよ、海とか山とかとりあえずどこか」 「そうですよ、なるほど君。ここはひとつ真宵さまとの仲を深める絶好の機会というものです」 つまり、この時期最も暇な人間である真宵ちゃん(高校生)と春美ちゃん(小学生)の手によって強制的に事務所を休みにされてしまう。 要するに僕自身の仕事をさっさと片付けるよう強要され、どこか遊びに連れて行くようせがまれるのだ。 「どこがいいかな、やっぱり海かな海」 「真宵さま、高原なども良いのでは」 「なるほど君はどこが良い?」 あえて何も聞かないふりをしながらパソコンにデータを打ち込んでいた僕は呼びかけられて、びくりと戦く。 見なくても期待の眼差しが向けられているのが分かる。 「なるほど君ってば」 真宵ちゃんがソファから立ち上がって、デスクをバンッと叩いた。 「遊びに行こうよ〜」 春美ちゃんは既に臨時休業用の看板を掛けに走っている。 今年も無理か、と僕は頭を抱えた。 「……どこにするか決めたのかい」 恐る恐る僕が尋ねると、真宵ちゃんの表情はパッと笑顔に変わる。 そして指折り数えながら行きたい場所を羅列し始めた。 「えーとね、とりあえず海でしょ。はみちゃんは高原が良いって言ってたし。あ、でも湖とかさ。遊園地もいいよねー。でもここはやっぱり遠出をして――」 「待て待て待て待て。何ヶ所あるんだよ、行きたい場所」 「えー、全部行きたいよね」 「行きましょう、なるほど君」 いつの間にか戻ってきていた春美ちゃんが目を輝かせて、合いの手を打つ。 「夜になって星空を見上げる二人。いつしか身を寄せ合って――きゃー、ロマンスですわロマンス。もちろんそうなった時は、わたくし一生懸命応援させていただきますとも。ええ」 春美ちゃんの暴走が始まり、二人はまた競って行きたい場所を言い合い始めたので、僕は更に頭を抱えた。 と、電話が鳴ったので僕は慌てて受話器を取った。 「はい、成歩堂法律事務所です」 「よお、成歩堂。オレオレ」 「…どなた様でしょうか」 「だーから、オレだってばオレっ」 正直、声を聞いただけで分かったがあえて名前を聞く。 が、めげずに『オレ』とだけ繰り返す様は一種爽快だなあと思った。 「電話口では名乗れよな。矢張」 「なんだよ、分かってるならいいじゃねえか。な」 「オレオレ詐欺で御剣に突き出すぞ」 「ちぇ、そのくらいでカリカリすんなっての」 ブツブツ不満を垂れながら、矢張は愚痴る。 「で、何の用だよ」 僕がそういうと、矢張は待ってましたとばかりに喋繰り始めた。 なんでも矢張が今勤めているバイト先が新しい店舗を開店したのだそうだ。で、ゴールデンウィークに忙しくなるからヘルプとして行くように指示されたらしい。 「でな、場所がなんと長野なんだよ。長野」 何でも白樺湖の近くにあるアウトレットモール内に店舗があるそうだ。当然、現地でもバイトは雇ってはいるもののまだオープンして1ヶ月ということでどうしても人が育たないということで矢張がヘルプで行くことになったらしい。 「それで何で僕に電話かけてくるんだ」 「だってゴールデンウィークじゃんか」 実は車で10分のところに会社の別荘があり、臨時で出向になる矢張はそこで滞在することになったという。サービス業だから一般の会社と違ってゴールデンウィークは忙しい季節とということと、その間滞在するのが矢張一人だから知り合いを呼んでも構わないということらしい。 「で、学生は休みだろ。だから真宵ちゃんたちも遊びに来ないかなー、なんてな」 「行くっ。行く行く、絶〜対ッ、行くッ」 僕らの電話の内容を盗み聞きしていた真宵ちゃんは即座に返事をした。春美ちゃんも黄色い声で嬉しそうに飛び跳ねている。その声が矢張に届いたのか、酷く嬉しそうな声で笑っていた。 「一応、明日ッからヘルプだからさ。今日向かって色々準備しようと思ってんだけど」 「ちょ、ちょっと待てよ。矢張。お前、日中は仕事なんだろ、真宵ちゃんたちはどうするんだよ」 だ〜か〜らッ、と矢張が返した。 「成歩堂、お前保護者じゃないか。よろしく頼むぜ」 「何で一方的に決めてるんだよッ」 「あ、とりあえず夕方迎えに行くからさ。準備しとけよ〜。じゃあオレも用意があるからこの辺で切るわ」 「おい、矢張」 時既に遅し。受話器から聞こえるのはぷーっ、ぷーっといった発信音だけで矢張の耳には届かなかったようだ。 深い溜息を吐きながら受話器を置く。 顔を上げるとキラキラと眩い笑顔の真宵ちゃんと春美ちゃんが立っている。 「旅行だよ、旅行。なるほど君、ほら急いで用意しなきゃ」 「きゃー、旅行ですわ。わたくしも用意しなければ」 きゃあきゃあ、と楽しげにボストンバックを用意し始める二人を見ながら、僕はもう一度溜息を吐いて、とりあえずパソコンの電源を落とした。 「お待たせ〜」 カラン、とドアの上につけた鈴が鳴る。 ショルダーのでかいバッグを抱えた矢張が入ってきた。 「ヤッパリさん、今回はお世話になりますね」 「お世話になります」 真宵ちゃんと春美ちゃんがボストンバッグを持ったまま、ぺこりと頭を下げた。 「いいってことよ。なはははは」 得意げに笑う矢張。 僕はといえばスーツ姿のままボストンバッグを持っている。 矢張から電話が来たのが16時過ぎ。 慌てて荷物を詰めるだけで精一杯だった、と言い訳させてほしい。 「何だよ、お前もスーツかぁ。もっと適当に行こうぜ、適当に」 ギリギリの時間に電話を寄越して、何が適当だと心の中で悪態を吐く。 と、矢張の言葉にふと違和を感じて尋ねた。 「お前も、ってどういうことだよ。お前は適当な格好じゃないか」 「あ、ゴメン。言いそびれてたっけか、オレ」 御剣も一緒なんだよ、と矢張が笑った。 「えっ、ミツルギ検事も一緒なんですか」 「そうそう無理矢理引っ張ってきたんだ。苦労したぜ」 何が良いのか親指を突き出す矢張。 真宵ちゃんは春美ちゃんに御剣検事も一緒だと教えている。 僕はといえば、ひたすらに脱力していた。 「なんだ成歩堂、元気ねえなあ。もっとシャキッとしろって」 「……お前に言われるとは思わなかったよ、矢張」 カツン、と床を蹴る音がして顔を上げる。 「情けない姿だな、成歩堂」 「御剣、お前な」 「あ、ミツルギ検事。お久しぶりです」 御剣に気付いた真宵ちゃんと春美ちゃんがお辞儀をしている。 「うム、真宵クンも元気そうで何よりだ」 ハイ、と真宵ちゃんが笑顔で頷いた。 「御剣誘ったらさ、仕事が忙しいって言うから」 休みにしてもらったんだ、と矢張がカラカラ笑った。 よくよく見ると御剣の額に青筋が浮いている。マズい、かなり怒っている。 「休みって、どうやったんだよ」 僕が尋ねると、矢張が得意げに話した。 「いやあ、冥ちゃんにお願いしてさ。休み申請してもらったわけよ」 「冥ちゃんってあの狩魔冥――」 「フルネームで呼ぶなと言っているでしょう、成歩堂龍一」 突然飛んできた何かが顔面に直撃し、僕はぎゃあと叫んだ。 ピシッ、と床を叩く音がしてようやくソレが鞭だと気付いた。 多分、赤く腫れているだろう顔面を摩りながら僕は目を開ける。 そこには珍しく私服を纏った狩魔冥が立っていた。 「ふん、他愛ない」 「――イキナリ顔面叩いといてソレかよ」 「口答えする気?」 鞭を構えられて、僕は慌てて手を振った。 「頼むからソレは止めてください、カルマ検事」 「よろしい」 何処に仕舞っているのか分からないが、とりあえず鞭を常に携帯していることだけは分かった。 「盛り上がってるとこで悪いンだけどさ、そろそろ行かねーと時間がヤバイんだわ」 矢張が狩魔冥を宥めすかしながら、そう言った。 ※黄金週間ネタ。本家は更に凄かったよ 21:15 2007/08/11
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