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【メイのムチムチ大冒険】


「ちょっと気になったんだけどさ、矢張」
「おう、なんだよ」
「あの時、狩魔冥にお願いしてたことって結局どうなったんだ。あの絵本にするとかどうとか言ってた件。アメリカに帰っちゃったけど追っかけたのか?」
「当ッたり前じゃねえか。オレの信念がアメリカごときで挫けると思ってんのかよ」
「……狩魔冥、怒ってなかったか」
「うんにゃ。"呆れた男ね"とは言ってたけど、モデルになってくれたぜ。そうそう今度出版も決まったんだよ、うはははは」
僕はマジかよとぼやきながら、矢張の差し出した本を受け取った。 タイトルは『メイのムチムチ大冒険』
「あのな、矢張」
「表紙は凝ったぜ〜。100号キャンバスにでっかく描いてさ、出版社の人もビックリしてたもんな」
「じゃなくてこの本さ」
「おう、装丁もちょっとお願いして箔押し縁取りエンボス加工のハードカバー仕立てってやつよ。結構高いんだぜ〜」
延々と続く矢張の自慢を聞きながら、僕は思いっきり机に突っ伏した。
「どうした成歩堂。この程度で何ぶっ倒れてんだよ」
「いやもう、脱力しただけだから。うん、あんまり気にすんな」
「なんだよ〜、オレの力作が気に入らないってか」
「一言、言ってもいいか?」
「おう、感想ってヤツだな。どんどん来い」
全力で僕は脱力し、暈ける視界に情けなく笑った。
目の前ではニコニコと矢張が笑っている。
コイツ、本当に気付いてねえ。
僕はすう、っと息を吸った。

「そもそもこれは絵本ですらないだろッ。何処からどう見てもこれは女王様とムチじゃないか。なんなんだこの装丁は。無駄に豪華すぎだぞ。値段も絵本どころか専門書の値段だろうが。何でこんなのが1万もするんだよ。訳分かんないよ。誰狙いだよ、この本は。中身も絵本じゃないし。中身と関係ない内容ばっかりじゃないか。22ページ目のこの絵は何だよ。僕か、僕なのかオイ。ってか、子供に見せるようなタイトルですらないぞ、コレ」
「いやー、思いついちまったもんは仕方ねえよな。それに出版社の人も大喜びで仕上げてくれたぜ」
「そもそも何処の出版社にオマエ持ち込んだんだよ。絵本なんか出してるところなのか、ソコは」
「出版社が何処かとかどーでもいいことじゃねえか。ってーか、オレもよく覚えてないしさ。いいんじゃねえの?」
「良くない。……おまえ、コレ狩魔冥には見せたのか?」
「いやー、いろいろ忙しくてさ。これから送る予定――」
僕は矢張の肩をガシッと掴み、首を大きく横に振る。
「いいか、これは忠告だけどな。とりあえず送るのは止めとけ。というか、出版自体も止めとけ」
「え〜、せっかくの力作に」
「笑顔で喜ぶと思うか、あの狩魔冥が」
「喜ぶと思うけどなあ、冥ちゃん」
ガクガクと肩をゆすられながら矢張はあっけらかんと言った。

僕はもう一度溜息を吐いて、今度は肩を落とした。
手に持った本をもう一度見る。
『メイのムチムチ大冒険』
狩魔冥がその手にムチを持ち、いつも通りの不敵な笑みで立っている。バックはやたら暗黒めいた螺旋で崖っぷちのシチュエーションのようだ。
なによりツッコミたい場所が、狩魔冥の足元である。
そこにはどこか嬉しそうな表情をした男性の顔を踏みにじられていた。いや、嬉しそうどころではない。最早、恍惚の表情である。
十分に子供向けには見えない。というか、子供向けにしたくない。そんな何かしらいかがわしい雰囲気に満ちた表紙絵が箔押し縁取りエンボス加工までされているのだ。到底、絵本とは思えない。

僕が何ともいえない苦々しい表情なのを見て、矢張が高らかに笑った。
「大丈夫。だーいじょうぶっ。一応、御剣にも見せたんだけどさ平気だったぜ」
一瞬耳を疑ったが、聞き間違いではないらしい。
「御剣にか。アイツ、何て言ったんだ?」
「んーとな、ああそうそう『こういうアレはその、なんだ。コメントに困るが。まあ良いのではないだろうか』とか何とか」
放棄しやがったあのヤロウ、と僕は内心思った。
が、このまま放置しておくと僕の身が危ない。
「だから大丈夫だって。なんたって御剣のお墨付きだからよ」
「あのな、矢張言っとくけどさ」
「おう」
「オマエのやらかしたことは全部僕に引っ被ってくるんだよ」
だから止めてくれ。
僕の必死の形相に少しは危機感を覚えたのか、矢張の表情が蒼白になる。うんうん、分かってくれたのか。そう思ったのも束の間。

「成歩堂龍一ッ」
「痛ってえぇぇっ」
ピシィッ、と鋭い音がして、同時に鋭い痛みが後頭部に直撃する。この声は。
「か、か、か」
「誰がモスキートよ」
カッ、とヒールが床を蹴る。ああ、サイアクだ。最悪な状況だ。
僕の背後に立っている人物は、狩魔冥その人だった。
ハッキリ言って怒ってる。これはもう怒ってるとしか言いようがない。
後ろに立っているのは御剣だ。顔を背けているのは少しでも罪悪感があるからだろうか。いや、それにしては肩が震えている。笑ってるぞ、アイツ。
「成歩堂龍一、コレはどういうことなのかしら」
目の前に掲げられたのはたった今まで話題にしてた問題作、『メイのムチムチ大冒険』だ。うう、表紙とあんまりイメージ変わんないぞ、実物。
「そ、それは矢張が」
「黙りなさい」
「痛えっ」
答えろと言われたり黙れと言われたり。踏んだり蹴ったりで正直、泣きそうになる。

「この絵本、この程度で私のウツクシサを表現できたと思って?」
そっちかよ。
「矢張政志」
「は、はイッ」
「アナタ、言ったわよね。私のウツクシサを表現して見せるのだと」
「お、おう。いやー、このサイズじゃさすがに線が潰れて」
「お黙り」
ぎゃあ、と叫び声が聞こえた。もういいよ。勘弁してくれ。
「作り直しよ」
「は?」
「今すぐコレを作り直しなさい。なんならもう一度モデルになってあげてもいいわ」
マジデスカ?
っていうか、そういうレベルなんですか。
「返事は?」
「も、勿論やらせてもらうぜ。うおお、オレのゲージュツ魂が燃えるぅぅ」
疲れ果てて何も言えない僕の肩を御剣がぽん、と叩く。ひどく険しいような、というか疲れ果てた表情だ。多分、僕と同じ思いなのだろう。
御剣は重々しい表情と低く押し殺した声音で呟く。
「諦めろ」
「……そうするよ」
目の前で『ウツクシサ』についてを追求する二人を見ながら、僕らは揃って溜息を吐いた。

※バカ話。ヤハメイが書きたかっただけ。

11:08 2007/08/12

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