「成歩堂ぉぉぉっ」
バタン、と勢いよく事務所のドアを開けて入ってきたのは御剣だった。
「よお、久しぶり」
「久しぶりも何もあるか、この阿呆」
ツカツカと近寄り、バンッと机を叩く。
机の上に置いてあったマグカップが一瞬、宙に浮き、慌てて僕はキャッチした。
「危ないじゃないか」
「そんなことはどうでもいい」
御剣は僕の胸倉をぐい、と掴み上方へ捻りあげた。
「ちょ、ちょっと何すんだよ。苦しいだろ」
「オマエが悪い」
「だから何の話なのさ」
締め上げられたシャツは確実に気道を締めており、僕は目の前の机にタップする。バンバン、と鳴る音に舌打ちをしながら、ようやく御剣は襟から手を離した。
実は、と言って御剣が話した内容は僕にとっても頭を悩ませるモノだった。
「誰のせいとは言わんが、お蔭で検事局内も居心地が悪くてな」
「悪かったよ。けど僕じゃないからな、絶対」
僕はすっかり冷めてしまったコーヒーを飲みながら、キリキリと痛む胃を抑えた。
事の発端はあのイトノコ刑事らしい。
ある事件の現場検証に出ていたイトノコ刑事は、やはり検証に立ち会った御剣に『あの弁護士と幸せに〜〜〜〜』と言って男泣きをしながら走って逃げたそうだ。
御剣は当然、全力をもって突っ込んだそうだが時既に遅く、周囲の刑事が漏らしたのか、警察関係者や検事局内にも噂が広がったのだそうだ。
原因であるイトノコ刑事は話そうとするたびに男泣きをして去っていくため、これまた違う噂が広がってそれはもう大変なことになってるらしい。
「……なんでそれで僕が悪いことになるんだよ」
「あの刑事がそんなことを言う原因が分からんのでな」
僕が頭を抱えて悩む姿に、しれっと言い放つ御剣。
いつも以上の酷薄さになんとなく僕は泣きたくなった。
「やっほー、なるほど君。遊びに来たよー」
「遊びにきましたですわ」
カラン、と下駄を鳴らして入ってきたのは真宵ちゃんと春美ちゃんだった。
真宵ちゃんは珍しく洋服を着ている。春美ちゃんは相変わらずである。
「あ、ミツルギ検事。お久しぶりですっ」
ぺこり、と礼をして真宵ちゃんは笑った。
「久しぶりだな、真宵クン」
御剣は先程までの凶悪無比な表情を緩めている。
僕はとりあえず机に突っ伏すのが精一杯だった。
「おやあ、なるほど君。元気ないねー」
ぺしぺし、と僕の頭を叩きながら、真宵ちゃんはカラカラと笑う。
春美ちゃんも元気ないですわ、と眉を顰めている。
「やっぱりアレだよ、春美ちゃん。ミツルギ検事が優しくないから」
「はい、全くもってその通りですわ。真宵さま」
「やっぱりなるほど君はミツルギ検事が居ないとダメだね。いっそ結婚しちゃえば、二人」
ぴくり、と御剣が動いた。
僕も同様に動く。
『待った』
同時に言った言葉は綺麗にハモっていた。
「ちょっと待てよ、真宵ちゃん」
「原因は君か、真宵クン」
二人同時に話しかけられたせいか、真宵ちゃんが混乱している。春美ちゃんも驚いた表情で僕らを見ていた。
「な、な、何の事」
「だから、今の一言だよ」
「真宵クン、君は糸鋸刑事あたりに何か言った覚えはあるかね」
腕を組み、指先でとんとんとカウントをしている御剣に真宵ちゃんがうぅ、と唸る。
間違いない。何か覚えがあるらしい。
見ると、春美ちゃんも微妙に視線を逸らしている。
怪しさ倍増だ。
「さあ、答えてもらおうか真宵ちゃん。一体、イトノコ刑事に何を言ったんだ?」
「え、あ、うん。ええとね」
「私に縋っても無駄だぞ、真宵クン。私も迷惑を被ってるのだ」
表情を引きつらせて、あはははと真宵ちゃんが笑う。
びっしょりと額に汗を浮かべて、やっと気まずそうに話し出した。
「いや〜、イトノコ刑事がまだ信じてるとは思わなかったよ」
「どういうことだい」
「うん、実はねヤッパリさんが」
「―――ゴメン、全部分かった」
「またアレのせいか・・・・・・」
ごめんね、と真宵ちゃんがぺこりと頭を下げた。
僕は何とも形容し難い表情で御剣を見ると、やはり同じような表情をしている。
僕らはそろって大きく溜息を吐いた。
「アレのせいで迷惑を被るのは何度目だろうか」
「まあ矢張だしね」
「ホントにゴメンね。でもでもイトノコ刑事に関しては知らないよ。多分、近くで盗み聞きしてたんだと思うけど」
「まあ、そういうことなら真宵ちゃんは悪くないよ」
「うム。あの刑事、次の査定も減棒だな」
横でブツブツと御剣が怖いことを言っているが聞かないふりをする。
とりあえずこれで原因は究明。
あとはどうにか真宵ちゃんと一緒に説明して回れば(そもそもイトノコ刑事の勘違いを正せば済むような気もするが)終わりそうだった。
「しっかし、イトノコ刑事も信じるかねえ。普通」
「普通じゃないのだろう、恐らく」
「あの〜」
カラカラと笑う僕らの会話にか細い声で春美ちゃんが話しかけてきた。
「ん、どうしたの。春美ちゃん」
「いえ、先程のお話は本当でしょうか」
「はみちゃん、どうしたの?」
今にも泣き出しそうな春美ちゃんに真宵ちゃんが思わず声を掛ける。
「ゴメンなさい、なるほどくん。みつるぎ検事」
ふえ〜ん、と泣き出した春美ちゃんに僕も御剣もそして真宵ちゃんも目をしぱたかせて驚いた。
「えっと、どういうこと?」
春美ちゃんが泣き止んで、ようやく真宵ちゃんが話しかけた。
「実は……刑事さんに、話したのは、私なのです」
えぐえぐ、と零れた涙を拭きながら春美ちゃんはそう言う。
「ごめんなさ〜〜〜い」
またも大泣きし始めた春美ちゃんを真宵ちゃんが宥めながら、困った顔で僕らを見ていた。
「……信じるイトノコ刑事がいけないんだよね、きっと」
「うムムム」
御剣が何とも形容し難い表情で困っている。
ある意味貴重だ。
「っていうかさ、春美ちゃん。何でそんなこと信じちゃったの」
僕が聞くと、春美ちゃんはポッと頬を赤らめる。
ううん、なんとも立ち直りの早いことだ。
「ええ、そりゃもう真宵さまの言うことならばそれはもう本当のことだとばっかり。それになるほどくんとみつるぎけんじのらぶらぶっぷりはそれはもう法廷の内外で有名ですから」
きゃあ、と春美ちゃんが叫ぶ。
「……真宵ちゃん」
「何、なるほど君」
「彼女を止める方法、知らない?」
僕がそう問うと真宵ちゃんは、んー、と考え込む。
「はみちゃんは思い込んだら一直線だからねー。無理だと思うよ」
「…………そっか」
僕は法廷でもなかなか見れない御剣の白目の形相を脇目に見ながら、だらだらと流れる汗をとりあえず拭った。
※春美ちゃん大暴走。このあとイトノコ刑事は散々だったらしい。主に給料
20:46 2007/06/12