お姉ちゃんはもう居ない。
苦手だった伯母さんも居ない。
隣に佇むのは春美ちゃんだけ。
だから。
あたしは逃げるわけにはいかない。
あたしが守るべきものがあるから。
「こんにちわ〜」
カラン、と涼しげな音を奏でてあたしは事務所のドアをくぐる。
久しぶりの事務所はどこか雑然としてて、片付けをしていないのがすぐに分かる。
風が抜けて、窓を開けてるんだと気付いた。
夏の匂いを孕んだ風はあたしの鼻腔をくすぐって、少し悲しい出来事を思い出す。
泣いて、しまいそうだ。
あたしは気を取り直して所長室へと向かう。
ドアは開きっぱなしでそこから見えるトゲトゲ頭。
「なるほど君」
なるほど君はあたしの声を聞くと、ようやく項垂れていた頭を上げた。
「真宵ちゃん」
ほんの僅かだけど目が赤くなっているのが見えた。
多分、いや絶対かな。
なるほど君は後悔しているんだとあたしは思った。
「元気出してよ、なるほど君」
「うん、真宵ちゃんの顔見たらなんだかホッとしたよ」
なるほど君はそう言って、ありがとうと呟いた。
あたしの涙腺も緩んできた。ズルイよ、なるほど君。
「あの、話に出てきた、ええと名前は」
「みぬきのこと?」
今はこの場に居ないその子の話をする。
あたしも他の人からの又聞きで聞いただけだから、ハッキリと事情は分からない。だけどとてもナットクいかない状況だとは思っている。
「なるほど君どうするの。その子、引き取ったんでしょ?」
「うん」
「ミツルギ検事には言ったの?」
あたしがそう言うと、なるほど君は泣きそうな顔をして笑った。ああ、言ってないんだなとあたしは気付く。
「何で? だってなるほど君――」
「真宵ちゃん」
仕方ないんだよ、となるほど君は呟いて、それから窓の外を見る。
外はひどく晴れていて、泣きたくても泣けないような雲ひとつ無い青空。
「仕方ないんだ」
溜息と共に乗せられた悲しそうな声音は、凛、と鳴った風鈴に揺らされて、消えた。
※7年前の事件後。真宵ちゃんは絶対駆けつけてくれたと思いたい。
23:09 2007/06/17