その日は珍しく朝から依頼を受けて、俺は裁判所やら留置所やらあちこち歩き回っていた。 思うように証拠も集まらず、頭を抱えながら事務所に飛び込むとなにやら良い匂いがする。腹が減っていた俺は思わず涎を飲み込みながら、恐る恐る簡易キッチンを覗き込んだ。 「おかえり」 にっこりと微笑まれて俺はどぎまぎしながら、ただいま戻りました、と言った。 事務所の主、成歩堂さんは今日も今日とて何か作っているようだ。 意外とマメだよなあ、と俺が思っていると成歩堂さんがくるりと振り向いてこう言った。 「オドロキ君。お昼は食べた?」 「はい?」 既に時間は13時。朝もろくろく食べないまま、事務所に飛び込んだ俺は猛烈に腹を空かせている。当然、昼飯も食べる時間がなかった。 俺がそう答えると、成歩堂さんは数回頷いて鍋の火を止めた。 「実は作りすぎちゃってさ」 またカレーなのかと俺が身構えていると、成歩堂さんは寸胴の中身を流しにぶちまけた。 「え」 「久しぶりにパスタ作ったんだけど量間違えちゃってね」 流し台にセットしてあったらしいザルを数回降りながら、水気を取っている。 出してあった皿にスパゲティを載せ、上から緑色のソースを掛けた。 「何だか急に食べたくなってさ。まあ、あんまり気にしないでいいよ」 「はあ」 渡された皿を受け取って、俺はテーブルについた。 成歩堂さんは冷蔵庫から麦茶を取り出している。 フォークを引き出しから取って、成歩堂さんにも渡した。 テーブルにはコップとサラダが用意されている。今日のサラダはトマトに玉ねぎ、水菜とベーコン。ドレッシングはシーザー風。ううん、凝ってるな。それにしてもカレー以外にも作れるたんだ、と俺が思ったのは今までのことを思えば仕方ないと言い訳させてもらう。 「食べないの?」 「あ、すみません。いただきます」 緑色のソースからはバジルの香りが漂ってくる。味付けは塩と胡椒だけらしい。 初めて食べたが、意外と美味しかった。 「ジェノベーゼって言うんだけどね。バジルソース貰ったら食べたくなってさ」 成歩堂さんはトマトをむしゃむしゃ食べながらそう言った。 よくよく考えてみれば冷蔵庫にも缶詰のところにもそんなものは置いてなかったような気がする。今日貰ったばかりなのだろう。 「慣れない事はするもんじゃないね。パスタ系はアイツに負けるもんなあ」 「アイツって、誰ですか?」 「んー、僕の恋人」 「居るんですかッ」 「キミも意外と失礼だよね」 「あ、す、スイマセン」 「いいよ、気にしてないから。あっちは否定すると思うし」 何だか妙に気になる言葉を残して成歩堂さんは再びパスタを食べ始めている。 多少の疑問は残るけれど、聞くに聞けない空気に俺も残りを平らげることにした。 ※馬鹿話。ジェノベーゼを食べたかった理由は実話です。 7:32 2007/06/17
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