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【day after tommorow】

届かなかったのは理想か、それとも現実か。
僕はまだその問いに答えることはできない。

ベランダから覗く夜景は、それなりに綺麗だった。
官公庁から近いこのマンションから見えるのは夜景というよりは残業の悲しみのような光ばかりだったが、それでも夜と光は相反してぼんやりと見つめる程度には耐える景色だった。空は晴れてはいるものの、街の明かりでさっぱり星は見えない。月だけが申し訳程度に東の空に昇っていた。

さあ、と風が通る。
アルコールで火照った身体には気持ちが良かった。
すっかり飲み干してしまったビール缶を持て余しながら、僕はガラス戸越しの室内を見ていた。
部屋の中ではアルコールでハイな矢張(コイツはいつでもハイテンションだが)と珍しく押され気味な狩魔冥が居る。
真宵ちゃんは春美ちゃんと一緒にジュースを飲んで笑っていた。アルコールは入っていないもののそれなりに場の雰囲気を楽しんでいるようだった。
ちなみに、情けで呼ばれた糸鋸刑事はひたすらに料理を漁っている。普段の分を取り戻すッス、と言ったのは冗談じゃなかったのかとしみじみ思った。

「成歩堂」
カラリとガラス戸がスライドし、中の喧騒が洩れてくる。
逆光で顔が見えづらいが、声で御剣だと分かった。
「オマエ、逃げたな」
僕がそう言うと、肩を竦ませて首を振る。
「まだ呑み足りないだろう」
御剣はカクテル缶を僕へ放った。
「っと、危ないなあ」
「そのくらい取れ」
ぷしゅっ、とプルトップを上げた。
「お疲れさん」
僕が缶を向けると一瞬顔を顰めたものの同様に缶を向けて、ぶつけた。
カツン、と小さな音が響く。
一口だけ呷ると、アルコールが咽喉を伝って胃に広がる。
少し醒めた頭がもう一度酔いに浸る。
御剣はただ黙って呑んでるだけだった。
「オマエもそういうの呑むんだな」
「そういうのとはどういうことだ」
「や、なんかワインとかバーボンとかそういう高そうなのばっか呑んでるイメージがあったからさ」
「……あったのは全部呑まれたからな。仕方あるまい」
眉間に深く皺を寄せながら、御剣がぼやく。
しまった地雷か、と思って僕は慌てて話を逸らした。
「狩魔冥も元気になって良かったよ。鞭だけは止めてほしいけど」
「あの性格だからな。まあ、鞭は我慢しろ」
「いやせめて手加減とかさ」
「無理だ。私も何度か止めたことはある、が」
「何だよ」
「……あまり言いたくない」
「ああ……」
なんとなく空気が読めて、僕もあえて言及を避けた。
部屋の中はますます盛り上がっているようで、閉めたガラス戸越しに笑い声が聞こえてくる。
買出しに行っていたマコちゃんが戻ってきたのか、ぶちまけられた缶がいくらか片付けられていた。
「悪かったな。急にこんなことにオマエの部屋使ってさ」
「構わん」
「後で片付け手伝うよ」
「当たり前だ」
空っぽの缶を戯れに潰しながら、御剣がフンと鼻を鳴らす。
御剣が持ってきた分は全て二人で飲み干してしまい、まだ呑む気なら一度部屋に入らねばならない。
「あ〜、今度は僕が取ってくるよ」
「いや」
もう要らん、と御剣がずるずると座り込んだ。
いつもの姿からでは考えられないほど気を抜いている。
私服のシャツもいくらか乱れてるし、そもそも顔が赤くなっていた。
「御剣、酒弱かったっけ」
「キサマが強すぎるだけだ、馬鹿者」
確かに空いた缶を数えると既に20は超えている。
半分にしても呑みすぎかな、と思える量ではあった。
「そっか僕、アルコール強かったのか」
へえ、と嘯くとガックリと御剣が項垂れた。
「そのうち酒で失敗するぞ、成歩堂」
「心配してくれてるのか、御剣」
ニヤリ、と笑って言い返す。

ブツブツ文句言ってるようだったが、やがてそれが規則的な吐息になる。
「おい御剣。お〜〜い」
声を掛けながら覗き込むと、目を閉じて寝息を立てている。
寝ちゃったか、と部屋を覗くと騒いでいた声も聞こえない。
もう既に出来上がって、みんな潰れてるようだった。
部屋の時計を見るととっくに日付は超えていた。
「ああ、もう仕方ないなあ」
とりあえず御剣を部屋の中へ運ぶことにする。
だらりとした両腕を背中に回し、腰の辺りを掴む。
せーの、と僕は御剣を肩に担いでカラカラとガラス戸を開けた。

部屋の中は予想以上に散らかっていた。
というか、散乱という言葉がこれほどまで似合う状態もなかなか無い。
真宵ちゃんと春美ちゃんはソファの肘掛を枕にすやすやと寝ている。
目一杯食べきったイトノコ刑事は満足そうに「もう食えねッス」などと寝言を言いながら、床に大の字に伸びていた。
マコちゃんはイトノコ刑事の傍で横になっていたが、イトノコ刑事の腕が胸に乗ってるせいで酷く苦しそうに唸っていた。
「イトノコさんも気付けよな」
僕はそう一人ごちながら、御剣の寝室へと足を運ぶ。
途中、ふにゃっとした感触のものを踏む。と同時にぎゃあ、と悲鳴が上がった。
ふと足元を見ると矢張がいる。
まあ矢張なら踏んでも構わないか、と僕は気にしないことにして寝室のドアを開けた。

真っ暗な寝室はいたってシンプルなつくりだった。
というか、必要最低限にベッドとデスクくらいしかない。
「まあなんと言うか、らしいと言うか」
よたよたと歩いてきた僕はやっと肩の御剣をベッドに降ろした。
やれやれ、と肩を揉みながら僕は寝室のクローゼットを開ける。
勝手知ったる他人の家、というところか。
ベッドの御剣はともかく、他の面々にせめて毛布だけでもと取り出した。
ガサガサと荒らしている音に目が覚めたのか、御剣が掠れた声をあげた。
「……成歩堂」
「悪い、起こしちゃったか。疲れてるんだろ、寝とけって」
「いや、この程度ならば」
ふらりと立ち上がる御剣。と、急に前のめりに倒れた。
「だー」
叫びながら投げた毛布が間に合ったらしい。少なくとも御剣が床に激突する音は聞こえかった。
「いいから寝とけって。な」
が、言われた本人は既にそのまま寝ている。
「勘弁してくれよ」
もう一度御剣をベッドに寝かせて、僕は潰れた面々に毛布をかぶせに寝室を出た。

リビングは食べ散らかされた料理の皿やら空いた紙コップ、ペットボトルなどいろんなものが散らかっている。
放られたビニール袋にとりあえずそれらを投げ込んで、片付けに入る。
ベランダに出しっぱなしの空き缶も全て回収し、なんとなく気になったイトノコ刑事の腕もマコちゃんから退けてやった。
それぞれに毛布を掛けてやる。
既に時計は3時を回っていた。
「やれやれ」
僕は冷蔵庫に一本だけ残ってた缶酎ハイを呑みながら、ようやく床にへたりこんだ。
部屋の照明も弱くしたから、ぼんやりと辺りが見える程度に過ぎない。
皆、明日が休みだからかなり飲んでいた。
あの狩魔冥も矢張の隣で寝ている。
というかちゃっかり腕枕をしてるあたりが矢張らしいといえば、らしい。
「僕も寝るかなあ」
一人で呑むのは嫌いではないが、やはり誰かと一緒に呑んだ方が楽しい。
まして皆が潰れた後に飲む酒はあまり好きではない。
「よし」
僕は空いた缶を捨てて、寝ることにした。
といってもリビングは既に人で埋まっている。
寝れないこともないが、イトノコ刑事の下敷きになるのは嫌だった。
その点、寝室はベッドこそ埋まっているが床はまだまだ余裕がある。今度こそ矢張を踏まないよう気をつけて、寝室のドアを再び開けた。

クローゼットの中の予備の布団は空っぽだった。
そういえばあれが全部だっけ、と思い出して少しだけ考える。
見ると寝苦しそうに御剣がベッドの上で唸っている。
幸い、蹴り飛ばされた毛布がベッドの端に掛かっていた。
「ラッキー」
掛け布団は別にあるから大丈夫だろうと拝借しようと手を伸ばした。
と。
寝返りを打った御剣の足が僕の横顔に見事なまでにクリーンヒットし、2、3分のた打ち回る。真っ白になった視界が元の真っ暗な状態に戻るまでベッド際で頭を抑えていた。頭を上げて見ると、蹴り飛ばした当の本人は全く気付く気配もなく穏やかに寝ている。
ほんの少し腹が立ち、僕はあるものを探した。
まあ、このくらいやり返しても良いよな。結局、片付け僕一人だけだったし。
一人言い訳じみたことを言いながら、僕はようやく見つけた油性マジックの蓋をきゅぽんと開けた。

朝、というには日が高く昇っている。
もう昼過ぎか、とようやく目を覚ますと真宵ちゃんと春美ちゃんがぱたぱたと動き回っていた。
「あ、なるほど君。おはよー」
「おはようございます、なるほどくん」
「うん、おはよう」
ふああ、と僕は欠伸をして辺りを見た。
マコちゃんは真宵ちゃん達と一緒に朝食を用意しているようだった。
屍累々、とまではいかないがまだ寝こけている矢張とイトノコ刑事。当然、御剣もまだ起きていない。
狩魔冥は頭を抱えてソファに座り込んでいる。
「おはよう、狩魔検事」
「え、ああ。成歩堂龍一。貴方よく平気ね」
真っ青な顔でテーブルに置かれた水を飲んでいる。
きっと呑みすぎたのだろう。
「僕は慣れてるからね。君こそよく矢張のペースに付いてったと思うよ」
未だグーグー寝こけてる矢張を指して、僕は笑った。
矢張は酒量こそ僕や御剣に及ばないが、いかんせんペースが速い。真っ先に呑んで、真っ先に潰れる男。それが矢張政志という男だ。
「油断したわ、私としたことが」
真宵ちゃんが用意したのか、よく見ると胃薬が置いてある。
まあ、的確な処置だなあと僕はしみじみと思った。

「出来たよー」
「出来ましたですわ、なるほどくん」
真宵ちゃんと春美ちゃんがキッチンからパタパタと走ってくる。どうやら食事の支度が出来たらしい。
狩魔冥を見ると、小刻みに顔を横に振っている。食べる気力がないらしい。
他の面々はまだ寝てるからいいや、と真宵ちゃんに伝え、僕だけキッチンの方へ向かった。

「なるほど君、ミツルギ検事は?」
「んー、まだ寝てるんじゃないのかな。多分。あ、この玉子焼き美味しい」
「スズキ、ナルホドさんに褒められて感動ッス」
びしっと敬礼するマコちゃん。さすが元警官。
真宵ちゃんも春美ちゃんも美味しいねと言いながら、箸を進めている。
イトノコさんに見られたら「アンターーッ、食べたッスね。マコ君の手料理を食べたッスねっっ」などとどやされるに違いない。僕も黙々と食べながら、皿を空けていった。

のそり、と何かが動く気配がした。
思わず振り向くとイトノコ刑事が立っている。
なにやら身体を戦慄かせていた。
すう、と深呼吸をしている。マズい。
「アンターーッ、食べたッスね!マコ君の手料理を食べたッスねッッ!!酷いッス!!鬼ッス!!いぢめッスぅぅぅぅぅ!!!!!!」
予想通りの反応に僕は耳を押さえた。
朝一番での大声はやはり頭に響く。と。
「ヒゲ、黙りなさいっ」
「きゃんッ」
ピシィッ、と風を切る音が聞こえて何かがイトノコ刑事の顔に直撃する。
よくよくみると狩魔冥が繰り出したムチ、らしい。
そりゃそうか、宿酔いであんな大声出されちゃかなわないだろう。
「なんなんだよ、もう〜」
ふああ、と間の抜けた欠伸をしながらようやく矢張が起きた。
というか、あのやり取りで起きない方がおかしい。
がちゃり、という音が聞こえる。どうやら御剣も起きてしまったようだ。
「……糸鋸刑事、もう少し音量を小さくしてもらえないだろうか」
酷く不機嫌な顔で出てきた御剣を見て、僕は必死で笑いを堪えた。
真宵ちゃんやマコちゃんも似たような顔をしている。
イトノコ刑事は止まっている。それも仕方ない。
矢張は大笑いしており、腹を抱えて床をのた打ち回っている。
「……御剣怜侍、それは何の冗談かしら」
ふるふる、と狩魔冥が震えてるのが見えた。
ああ、これは怒ってる怒ってるよと僕は影で笑う。
御剣は訝しげに眉をひそめ、何のことだと問うた。
「御剣、オマエ鏡見てこいよ」
僕は笑いを抑えながら、ようやくそれだけを伝える。
春美ちゃんはどうしたらいいのか分からないようで、不安そうに僕らを見渡している。
果たして洗面所から聞こえたのは悲鳴というか怒りというかとりあえずそんな感情がいりまじった絶叫だった。

「ミツルギ検事、頑張って落としてるよナルホド君」
「油性だからなあ。時間かかると思うよ」
僕はそう言いながら味噌汁を啜る。
ああ、他人の作る朝ごはんはなんて美味しいんだろうと幸せに浸りながら、ポリポリとたくあんをかじった。
真宵ちゃんはげんなりした表情で洗面所を見ている。
イトノコ刑事が入り口周辺をウロウロと彷徨っており、時折狩魔冥に叩かれていた。容赦ないなあ、と僕は思う。
矢張は散々笑った後、朝ごはんを強請って僕の隣でマコちゃんからご飯茶碗を受け取っていた。
「でもよぉ、成歩堂。さすがに"肉"は無いべ、"肉"は」
「その今時感が堪らないんじゃないか。個人的にはピエール髭の方が気に入ってるんだけどね」
僕はおかわりをよそって、もぐもぐと咀嚼する。
「スズキ、あんなに怒った御剣検事を見るのは初めてッス。驚きッス」
僕はそっか初めてかー、などとぼやきながらウインナーに手を伸ばした。

「……覚悟は出来てるんだろうな成歩堂」
ようやく洗面所から脱出できた御剣の顔は春美ちゃんが悲鳴を上げて、真宵ちゃんの影に隠れるほどそれはそれは凶悪無比なものだった。
「君こそまだ額に"肉"って残ってるよ」
「キサマが書いたからだろうがッ」
しかも油性ペンなんか使って、と御剣が声を押し殺しながら唸る。
「書かれるほうが悪いんじゃないか」
「何を――」
「無様ね、御剣怜侍」
凛とした声音で狩魔冥が横に立っていた。
相変わらず片手にアイスノンを持っているところが少し殊勝だったりするが。
「そんな間抜けな顔で歩けるなんて余程だわ」
「この馬鹿が油性ペンなんぞで書くから落ちんのだ」
ハッ、と狩魔冥が鼻で笑う。
「馬鹿は馬鹿ゆえに馬鹿らしいことにすら気付かないから馬鹿なんだわ」
「……何が言いたいんだ、冥」
「クレンジングオイルでも使って落とせばいいのよ。レイジ、貴方気付かなかったの」
油性なんでしょ、と狩魔冥は淡々と言った。

洗面所を出てきた御剣を見て、やるな、と僕はお茶を啜りながら感心した。
何ともいえない複雑な表情はあるが、『肉』の文字はキレイに消えている。が、ソレを見て感想を言うような人間は居なかった。
まあそれも仕方ないのだけど。
まず矢張が待ちくたびれて、朝ご飯を食べ終わると早々に帰ってしまった。多分、カノジョの元へと行ったのだろう。イトノコ刑事も突然鳴り出した携帯電話に「事件ッスーーーっ」などと叫びながらすっ飛んで部屋を出て行ったし、当然狩魔冥も「ヒゲ、急ぎなさい」とムチを振るいながら出て行った。マコちゃんはバイトの時間ッス、と笑いながら帰ってしまい、真宵ちゃんはバスの時間だよ、と春美ちゃんと共に帰ってしまった。
つまり、残されてるのは僕ひとり。静かなもんだ。

御剣は気まずそうにキョロキョロと室内を見渡していたが、やがて諦めて溜息を吐いている。まあ、正しい反応だ。
「落ちたじゃないか。凄いね、クレンジングオイルって」
「キサマが書かなければこんな苦労もするか、このバカ」
渋面の御剣にお茶を勧めて、座るように促す。
部屋はまだあちこち昨日の残骸はあるが、まあキレイなほうではある。
「みんな帰っちゃうとなんだか静かだね」
僕はちらばった毛布を拾い集めて、適当に畳んだ。アルコールの匂いが染み付いているようだったから、とりあえずベランダに出して干すことにする。
外は嫌味なくらい晴れ渡っていて、洗濯日和とは正にこのことだ。
成歩堂、と呼びかける声に振り向いて、なんだよ、と返した。
「いや、昨日は済まなかったな」
「昨日?」
「結局、片付けはキミひとりでやってくれたのだろう?」
「ああ、そのことか」
あんまり気にしないでいいよ、と僕は笑って毛布を広げる。布団ハサミは無いの?と聞くとベランダの隅だと御剣が答えた。
「なんかこうしてると新婚みたいだよねー」
あははー、と僕が笑うと御剣が酷く赤面しているのがガラス越しにも分かる。
「なんでそうロクな事が言えんのだ、キミは」
「んー、性分だよ。性分。御剣ってからかい甲斐があるからさ」
鼻歌を歌いながら、僕は布団を干し終わる。
後は部屋に戻って、こまごまと散らかったものを片付ければ終わりだ。
スリッパを脱いで、室内にあがると同時に御剣が手招きをしている。
なんだろう、珍しいなと近寄ると頭を抑えられ、そのまま抱きすくめられた。
「み〜つ〜る〜ぎ〜〜〜、掃除出来ないんだけど」
「放っとけ。後で私が片付ける」
「まあ、いいけどさ」
珍しく御剣から重ねられた唇を深く貪るように、僕は御剣の首に腕を絡めた。

※悪戯大好き、ヘヘイヘイ。ミッタンに髭を描きたかっただけです。後半は無理矢理です。分かってます。無理ありすぎ。

22:03 2007/06/12

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