「酔った」
その一言を呟いて御剣は立ち上がり、僕のベッドを占拠した。
矢張から電話が掛かってきたのが午後5時過ぎだったと思う。
年末だし、忘年会をやらないかと提案してきたのだった。
丁度、御剣の裁判も終わって、手空きの頃だったから『良いよ』と答えたような気がする。
御剣もどうにか落ち着いたらしく、参加する意向を出したらしい。僕は事務所の片隅で整理をしている真宵ちゃんに声を掛けて、忘年会に誘った。
それで集まったのが7時ごろ。
真宵ちゃんやナツミさん、イトノコ刑事も呼んで、近くの居酒屋で呑んだり食べたりして騒いでた。
「アンタ、やっぱあれッスよ。神ッス、奇跡ッス、悪運ッス」
酔ったイトノコ刑事が御剣の裁判を評して男泣きをしながら、僕の手をぶんぶんと振り回す。
正直腕が痛かったが、何となく言いたいことも分かったので半笑いで対応した。
御剣をみると、酔ったナツミさんと酔った矢張に遊ばれている。黙々と呑み続ける御剣を囲んで、一気コールを始めたり、酒の割合を9・1なんて馬鹿な割合で作ってたり。
「ほな行くで〜〜」
パシャリ、と光ったかと思えばいつの間にか写真を撮ってたりする。段々と御剣の眉間の皺が深くなっていく。これ以上刺激すればどうなるか分かったもんじゃない。
「あ〜〜、もうこんな時間だ〜〜〜ッ」
不意に真宵ちゃんが叫んだ。
何事かと時計を見れば、とっくに10時を回っている。
夜はこれから、といえばそうなのだが未成年をこれ以上連れまわすわけにもいかない。
不満だらだらのナツミさんと矢張を別にとりあえず僕は中締めをした。
真宵ちゃんは休みの間泊り込んでいるため、事務所の入ってるビルまで戻らないといけない。
電車では駅から歩かないといけないので、タクシーを止めて送ってもらうことにする。
明日は事務所は休みの予定だ。
気をつけてね、と真宵ちゃんを送り出すと僕は面々に2次会の有無を聞く。
イトノコ刑事は「明日も仕事ッス」と言って、別れた。
ナツミさんも「そんなら帰るわ」と言いながら、千鳥足で駅の方へと歩いていく。
「なんだよ〜、皆冷てえなあ〜〜」
矢張がブツブツ言いながら、くるりと僕らのほうへ向いた。
「成歩堂、お前ン家この近くだったよな」
「え、ああそうだけど」
「じゃあ決定ぇ〜〜。酒買って呑みなおそうぜ」
御剣は聞いてるのか聞いてないのか、黙って歩いている。
矢張はいつの間にか先行して、ふらふらと揺れていた。
「御剣、お前はどうすんの」
「私も明日は休みだからな。付き合おう」
「でも疲れてるんだろう。帰って休んだ方が良いんじゃないのか?」
「ム。しかしアレをお前一人で面倒見きれるのか」
「まあ、どうにかな――」
クラクションが高らかに響いて僕らが顔を正面に向けると、案の定矢張が車に向かって怒鳴っている。
「……ごめん、前言撤回」
「そうだろうな」
車に向かってよく分からない文句を叫び続ける矢張を無理矢理引っ張って、僕の家へ向かうことにした。
通りから一本外れたところに僕の借りてるアパートがある。
まあ家賃の安さで借りたようなところだから多少不便ではあるが、困ってはいない。
「散らかってるけど、入ってよ」
僕は投げてあった洗濯物や本なんかをざっと片付けながらそう言った。
「成歩堂、コレはどうするんだ」
「ああ、その辺でいいんじゃないかな」
御剣はいかにも迷惑そうに肩の矢張を降ろした。
既に鼾まで掻いて寝ている。
放り出された場所は台所だったけれど、まあ死にはしないだろうと僕は放っておくことにした。
「……せめて布団はないのか」
見かねた御剣が押入れを空けて布団を引きずり出す。
予備の布団は押入れに入れっぱなしだったためか少し埃くさい。御剣は眉を顰めてたが、仕方ないと矢張の上に布団を載せた。
「御剣、酔ってるか?」
「そんなことはないが」
矢張を覆ってるのは紛れもなく敷布団である。
「ま、いっか」
僕の責任じゃないし、と見なかったことにした。
テーブルの上には既に空いた缶が5、6本転がっている。
少し多めに買っておいたが、間に合わないようだった。
「あー、もう少し多めに買っておけば良かったかなあ」
「キサマがここまで呑むとは思ってなかったからな」
先程の居酒屋では飲んでいなかったようだし、と御剣が淡々と言った。
「いやいや僕じゃないって。オマエも呑みすぎだよいい加減」
「そんなものか」
「ザル相手に呑んだって勝てるわけないだろ〜」
「むう」
いい加減呂律が怪しくなってきた僕に比べて、御剣は顔色一つ変えずにまた一本を空ける。
「今の何本目だよ」
「ちゃんと数えてはないが――13本目というところか」
「あのさ、酔ったりとかしないの?」
「失礼な。今も酔ってるぞ」
嘘だー、と僕は叫びながら後ろに倒れこんだ。
仰向けのまま、首だけ傾いで御剣を見上げる。
「なあ」
「何だ」
「本当に大丈夫なの?」
「何の事だ」
「カルマ検事、実刑になったじゃないか」
ぴくり、と御剣の腕が止まる。
僕は体勢を変えて、御剣の方へ身体を向けた。
「御剣、オマエやっぱり後悔してるんじゃないか?」
カラン、と軽い音がして御剣が手にした缶をテーブルに置いたのを知った。
もうビニール袋にも冷蔵庫の中にも酒は、無い。
表の通りに聞こえていた車の走る気配も消えて、部屋の中は静かになった。
御剣はゆっくり目を閉じて、腕を組む。
とん、とん、と腕を叩く音が聞こえた。
「……成歩堂」
「うん?」
呼びかけられて、僕はやっと寝そべっていた上半身を起こした。御剣は相変わらず目を瞑っている。
「やはり酔っているようだ。休ませてもらう」
一言を呟いて御剣は立ち上がり、僕のベッドを占拠した。
いつの間に寝てたのか、外はすっかり明るかった。
僕は欠伸をしながら、床で寝たせいで痛む肩や腕をほぐす。
矢張は敷布団に潰されながら、うんうん唸っていた。
時計を見ると朝の8時を回ったところだった。
ベッドを見ると、既に御剣の姿は無かった。
「……逃げたな」
僕は一人言ちて、頭を抱える。
酔ったフリじゃ答えてくれないか、と僕はぼやいた。
あーあ、と伸びをして立ち上がった。
台所までよたよたと歩き、水道の蛇口を捻って顔を洗う。
ついでにコップに注いで、ぐびりと干した。
多分、御剣がやったのだろう。テーブルの上はキレイに片付けられていた。
「御剣のやつ――」
なんだかモヤモヤする頭を思い切り振って、とりあえず僕は矢張を蹴り起こした。
※1終了後。ナル→ミツ。但し無自覚。矢張が可哀想に見えますが、熟睡してるので幸せです。
8:16 2007/06/07