→Slightly-Space-Shorties←
【Gyp】


「成歩堂ぉぉ、聞いてくれよぉぉぉ」
事務所の戸締りをしていたら矢張が来た。
何故か叫んでいるが、いつものことなので放っておくことにする。
僕は所長室のブラインドを閉めながら、やれやれと溜息を吐いた。
「なんだよ」
「聞いてくれよぉぉ、オレ、オレ。やっちまったんだよぉぉ」
ウルウルと涙を浮かべながら、矢張が絶叫する。まあ、いつものことだ。
「うん、そうか。頑張れよ、矢張」
「オイ、コラ、まだ何も話して無いだろうがぁっ」
正直、聞きたくも無い。
「あーあー、分かったからとりあえず事務所から出てくれ」
「チクショー、オマエも友達甲斐のないヤツだよな。ヒデえよぉ」
「分かったからっ。一緒に呑みに行ってグチ聞いてやるからっ」
何で僕が矢張を宥めなきゃならないのか。世の中色々間違ってる。
ともあれひとまず事務所を完全に閉めて、僕らは近くの居酒屋へと足を向けるのだった。

「で、何がどうしたって?」
アルコールが入ってもなかなか酔えない自分に腹が立つ。畜生、こんな時くらいサッサと酔っ払って寝ちゃいたいんだけどな。
「おお、もうアレだって。オレ、もうダメだって」
「だから何の話だよっ」
ドン、と空のジョッキをテーブルに叩きつける。
「チクショーーッ、マリーーちゃーーんッ。嘘だと言ってくれーーーーッ」
周りの客が何事かと僕らを見ている。が、酔っ払いと見るや係わり合いにならないよう揃って顔を背けてくれた。それは有難いような何とも言えないキモチだな。
いい加減にしないか、と止めるものの今度はオイオイ泣きはじめる。もう駄目だ。埒が明かない。僕は携帯電話を取り出して、もう一人の親友を呼び出した。
「あ、ゴメン。御剣。あのさ、今僕ンとこの事務所の近くで呑んでるんだけど――うん、そう。矢張も居るよ。っていうか、僕一人じゃコイツの相手出来ないから。――ゴメンってば。今度埋め合わせするよ。うん、悪い。じゃ、お願いだけど来てくれないか?」
フキゲンな相手を巻き込むと後が怖いんだけど。ううん、今更後には引けない。滂沱する矢張を放っといて、僕は店員に追加のビールを頼んだ。

「で、今度は一体なんなのだ」
眉間のシワを一層深くしながらも、御剣は来てくれた。親友とは有難いものだ。
僕はとりあえず御剣を座らせて、目の前の矢張を黙って示した。
「マリーーちゃーーんッ」
「………事情は何となく分かった」
御剣は深い、それは深い溜息を吐いて差し出されたジョッキを傾ける。正直呑んでなきゃやってられないようなそんな話題だと直感したのだろう。僕らは会話の代わりに溜息を投げかける。
「……おい、矢張」
「うう、成歩堂ぉ。御剣ぃ。オレ、信じないからなぁ」
「だから何の事だってさっきから聞いてるんだよっ」
「信じないぞぉぉ」
「矢張、いい加減にしろ」
最早、会話が成り立たない。それでもどうにか聞き出した話はそれはもうクダラナイ内容だった。
「昨日よぅ、オレ、コンパだったんだよ」
「ああ」
「で、カワイイ女の子が居てさあ。それがマリーちゃんだったんだけどよぉ」
どこのお店だとツッコミたくなるが、ココは耐えて我慢する。
「で?」
「オレ、昨日はハイペースで呑んでて、だけど気付いたらホテルに居てよ」
つまり酔っ払ったものの無事お持ち帰りはしたようだ。相変わらずそういうところだけは抜け目ない。
「隣にマリーちゃんが寝ててさ。キスしようとしたわけよ。寝起きのキスな。そしたら、そしたらよ」
マリーちゃーんッ、と矢張が絶叫する。周りの客ももう慣れたのか振り向こうともしない。僕は無言で卓上ブザーを押して店員を呼んだ。追加の酒と焼き鳥を注文する。御剣も無表情でつくねと揚げ出し豆腐を頼んだ。
「オマエらっ、聞いてんのか。人の話ッ」
「聞いてるよ」
「聞いてるとも」
淡々と返される返事に矢張も少しは酔いが醒めたのか、うう、と唸っている。というか、単純に無表情の親友二人に見据えられて怖いだけなのか。まあ、そんなことはどちらでもいい。
「で、何があったって?」
ハッ、と気付いたように矢張の目に光が戻る。だいぶキてるようだな。コイツ。
「……ヒゲが」
「は?」

「マリーちゃんにヒゲが生えてたんだよぉぉ」

僕と御剣は顔を合わせる。きっと自分も同じような表情をしているに違いない。そんな無気力な笑みが御剣の口元に浮かんでいる。視線を合わせれば、何となしに相手の考えてることが分かった。
僕らは互いに頷くと、そっと立ち上がる。会計だけは持ってやって逃げることにする。というか、逃げても誰が咎めることも無い。むしろ今まで耐えてたことに感謝されるべきだとは思ったものの、さすがに可哀想過ぎる親友に対して僕らは黙って財布を取り出した。
と。
「成歩堂ぉ、御剣ぃ、二人とも逃げる気じゃねーだろーなー」
完全に目が据わっている矢張に、僕らはイヤイヤと手を振った。作戦失敗。どうやら逃げることは出来ないらしい。はあ、と溜息を吐いてもう一度座りなおす。御剣も首を横に振りながら諦めた表情をしていた。矢張は持つべきものは親友だと喚いて、笑顔でジョッキを飲み干す。何杯目だよ。
「――――聞きたくないけどな。ええと、ヒゲ、だっけ?」
「おう、ヒゲだよ。ヒゲなんだよっ」
「……それは、災難だったな」
何とも聞きづらいというか、今までに無いパターンに僕らは頭を抱える。どう受け答えすれば満足するんだ、矢張のヤツは。
「男、ってことだよな?」
「ソレを言うなよなっ。マリーちゃんはそこらの女の子よりずっと可愛いんだよっ」
間違ってる。その時点で既に男だと認めてるようなもんじゃないか。
「……ヤっちゃったのか?」
「…………」
「おい、矢張」
「うるせぇっ。うるせぇっ。オレは、オレはぁぁぁぁ」
どうやらコトは為してしまったようだ。ご愁傷様というより他に無い。
「なるほどぉ、オマエなら分かってくれるよなあ。オレのこの、ヤルセナイ気持ちをよぉ」
「知るかっ」
段々と愁嘆場っぽくなってきたな。もうどうでもいいから帰らせてくれ。
「何だよオマエら、親友に対して冷てえぞっ」
「やめられるものならやめたいよ、親友なんて」
「同感だ」
「チクショー、オマエら、訴えてやるぅぅぅ」
前言撤回。帰れなくていい。矢張が帰れば全てが解決だ。僕は御剣と呑めるし、グチも聞かなくてすむ。そうだ、そうしよう。

「御剣」
「ああ、そうしてくれたまえ」
何も言わないうちから同意ということは似たようなことを考えていたのだろう。
僕は卓上ブザーを押して、店員にタクシーを頼んだ。5分も待てば来るそうだ。残り5分。ソレを乗り切れば僕らの勝ちだ。頑張れ、僕。
「おい、矢張。オマエいい加減呑みすぎだぞ。明日もバイト入ってるんだろ? そろそろ帰ったほうが良くないか?」
「キサマの場合、いつもソレではないか。フラれるたびに付き合わされるこちらの身にもなれ」
「うるせえーーーーッ、オレはッ、呑むんだーーーーーッ」
宥めても聞かない。いつものこととはいえ頭が痛い。誰だよ、昨日のコンパを企画したヤツは。結局僕らに災難が振ってくるんだから、少しは考えて欲しい。
「オマエら、オレの時だけ冷てえよ。なんだよ、二人付き合ってるからってオレだけ除け者にするんじゃねえよ」
ブツブツとぼやく矢張。っていうか、今何て言った?
「おい、矢張。今、オマエ何て言った?」
「オマエら二人付き合ってんだろぉっ。オレ、知ってんだぞぉぉっ」
矢張の絶叫に一瞬、居酒屋内の空気が止まったのを知る。
ぎこちない動きで隣を見ると、御剣はつくねを食べかけて止まっていた。
店内の喧騒がピタリと止んで、店員さえ動きを止めている。最悪だ。

「オマエら、オレにだけ秘密にしやがって。真宵ちゃんから聞いてんだぞ、オイ」
矢張が何か喚いてるけど言い返す気力が無い。というか、真宵ちゃん。よりによってコイツに言うことないじゃないか。
僕はダラダラと額から冷や汗を流して、矢張を手招きする。
何だ、と近づいてきた所をテーブル越しに襟を掴み、締め上げた。苦しいともがいているけど仕方ない、この居酒屋の平和のためだ。少しの犠牲は付きものだろう。というか、僕の平和のために大人しく犠牲になってもらう。
暫くそうしているとキレイに落ちたようで、カクンと首が傾げ、途端に重くなる。
僕は矢張をゆっくりと床に転がして、手を離した。コレで良し。
「御剣、帰るよ」
止まっている御剣の肩を揺すって、居酒屋を出ることを促す。正直、もうこれ以上見世物になるには居た堪れない。気絶した矢張を肩に背負って、僕はぼんやりする御剣の手を引いた。
ちょうどタクシーが来た、と店員が恐る恐るといった体で近づいてきた。もうココも使えないな。それもこれも矢張のせいだ。この償いはキッチリ取ってもらおう。
僕は店員にアリガトウと告げて、会計に回る。おつりも出ないほどピッタリに支払って、僕らは店を出た。これで止まってた店の空気も元に戻るだろう。
矢張を適当に後部座席に投げ捨てて、御剣を座らせる。タクシーの運転手に行き先を告げて、溜息を吐いた。結局、僕が損な役回りになるんだよな。助手席のドアを開けて、僕も座席に座り込む。
「兄ちゃんも大変だね。酔っ払いの世話なんてさ」
「全くです」
本当に、どうしてくれよう。
酔いから醒めた矢張を締め上げる手立てを48通りほど考えながら、バタン、と締まるドアの音を聞く。タクシーはゆるゆる動き出し、夜の街を走り出した。

※矢張の災難。というか、災難をつれてきてこそヤッパリ矢張。鳩尾殴ろうかとも思ったけど、吐かれるとイヤだから締めました。ただそれだけのこと。

12:38 2007/08/12

ブラウザバックでお戻りください