僕はあまり着るものに気を使わない。 というか、着れるものであれば何でも構わない。 今着てるこのスーツだって司法試験に受かった記念に買ったものだし、休みの日に着てるのもパーカーとか楽なアウターだけだ。基本的に夏なら涼しければいいし、冬なら寒さを凌げればいいというレベルなので、人の見目なんてものは気にしない。 はずが。 「で、なんで僕がこんな所に連れてこられてるわけ?」 「見苦しいからに決まってるからだろう?」 フン、と鼻を鳴らして隣に立っているのは僕の友人であり、一応恋人であるはずの御剣だ。今日は休みだから僕はジーパンにセーターなんて楽な格好をしているけれど、御剣は違う。ストライプのシャツにウールのベストを重ね着していて、白のコットンパンツを履いている。細身のロングコートを上に羽織り、更に言うなら靴は濃色のツイードだった。オマケに視力はそこそこ良いはずなのにシルバーの眼鏡なんかつけていて。 チクショウ、何だよソレ。並べられたら僕の方が情けなくなるような着こなしだ。鬼だ。悪魔だ。しかも店はそれなりにそれなりなセレクトショップというやつで、カジュアルすぎる僕の格好は場違いにも程がある。 「それでわざわざこんな所に連れて来たのかよ。いいよ、別に。服なんか着れればどれだって一緒だろ?」 「私が良くない」 そう来たか。いや、薄々感づいてはいたけどコイツは服装にはウルサイ。僕から見れば裁判の時のあのスーツはどうよ、って思うような代物だけどそれ以外だと結構マトモな服が多い。 じゃあなんであのヒラヒラかって言うと、まあ師匠である狩魔検事がアレだから仕方ないのかと思わないでもない。 「僕はこの方が楽なんだよ。別に休みの日までジャケットを着る趣味はないぞ」 「休みの日は構わんのだ」 「じゃ、どういうことなのさ」 「あのスーツだ」 「スーツ?」 僕が普段着ている青のスーツは結構気に入っていて、ほぼ毎日着てるからかなり歴戦の勇者といった風体だ。要するにくたれている。 でもそんな事は別に気にしない。というか、あの色ってなかなか売ってないから新しいのを買う気にもならないし、そもそも僕にお金がない。 「別に普通のスーツじゃないか」 「あんなくたびれたスーツなど、最早スーツとしての意味を失っている」 いや、力説されても僕には分からないから。 そもそも何だよ、スーツの意味とか。それは求めるべきものなんだろうか。 「嫌だとは言わせんぞ」 「嫌だ」 「ならばキサマの横を歩くのは金輪際断らせていただく」 「何だよソレっ」 微妙な交換条件を突きつける御剣に僕は抗議の声をあげた。 だってさ、ただでさえ恋人とか明言できないし腕も組めないしキスとか場所選ばなきゃなんないし旅行とかも代理店のお姉さんの好奇に満ちた目とか結構痛いし。じゃなくて、そんな状態で肩を並べて歩くってのが僕らとしては貴重な手段なわけで。 「代金は私が持つ。だからキサマは服を選べば良いだけだ」 「えーっ」 「それともキサマはそれすらも私に選ばせたいというのか?」 いや、ソレはちょっと一人の大人としてどうかと思うので遠慮願いたいところだ。 「ココは私の馴染みの店でな。店員も事情は知ってるから、楽にしていいぞ」 事情って何処までの事情なのか心底ツッコミたかったけれど、ニコニコと笑う店員の姿に僕はがっくりと肩を落として、大人しく御剣の言うことを聞くことにした。っていうか、御剣の金だしな。僕の財布から出るわけじゃないし。ココは嫌がらせも籠めて高いものを選ばせて貰おう。 「何でもいいんだよな?」 「構わんぞ」 「一揃えとかでもいいの?」 「ほう、キサマも少しは気になってきたか?」 そんな訳あるか。 心の中でそうツッコミつつ、僕は満面の笑みを浮かべて店内を物色し始めるのだった。
後日談。
15:41 2007/10/24
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