「なるほど君。ごちそうさま」
真宵ちゃんが笑顔で僕にそう言った。
事のきっかけは1週間前のこと。
僕は御剣と喧嘩をした。内容なんてクダラナイ、それこそちょっとした齟齬みたいなものだけど、からかううちに罵りあいになって、いつの間にか出て行けとか。まあそういう話になってしまったわけだ。
とは言うものの、僕は今自分のアパートなんてものは無いから結局事務所に泊まりこみになる。そうすると元来片付けなんてものがニガテだからどんどん事務所がむさ苦しくなっていく。コレはダメだと、真宵ちゃんにヘルプのメールを送った。真宵ちゃんは何事かと倉院の里から駆けつけて、僕の様子と事務所を見比べながら腰に手を当てて、怒った。もの凄く。ソレはもう、千尋さんを思い出すくらい。
「もう、なるほど君。こんなことで呼び出さないでよっ」
「ゴメン、真宵ちゃん」
「何であたしが二人の仲直りの間を持たないといけないの?」
いい加減にしてよね、と言いながら事務所を片付けていく。ううん、本当に感謝してもしたりないくらいだ。真宵ちゃんの努力の甲斐あって、事務所はすっかり元通りになった。というか、更にキレイになったくらいだ。
「ほら、なるほど君。電話」
「う」
「ミツルギ検事と仲直りしたいんでしょ。だったら電話するっ」
有無を言わせぬ口調で真宵ちゃんが携帯電話を突きつけてくる。僕は渋々それを受け取り、ゆっくりと短縮ボタンをプッシュした。頼む、出ないでくれ。
思いとは裏腹に、耳元では軽快なコール音が鳴り響く。一回、二回。10回くらいコールしても出ようとしない。よし、どうにかなるか。僕は真宵ちゃんに、留守みたいだよと言って携帯電話を切ろうとした。
と、受話器からプツッ、と音がする。もしもし、と言ってるようだ。マズい、繋がってしまった。
「も、もしもし御剣?」
もう一度耳元に戻して、尋ねると電話越しでも不機嫌だと分かるくらい低い声音が聞こえる。ああ、やっぱりまだ怒ってるよ。
真宵ちゃんを見ると、こちらも不機嫌そうにさっさと謝れという顔をしている。うう、四面楚歌だ。
「あ、うん、大した用じゃない――ああ、ちょっと切るなよ、頼むっ」
必死で相手を宥めすかせて、僕はとうとうアノ言葉を出した。
「僕が悪かったよ。ゴメン、許してください」
受話器の向こうは不気味なほど沈黙が続いている。やっぱりこの程度じゃ許してくれないだろうか。背中や額に冷たい汗を感じる。気まずい。
カラン、と事務所のドアが開いた。依頼人だろうか。慌てて振り返ると、ソコに立っていたのは電話中であるはずの相手で。
「この、阿呆」
プッ――と電話を切られた。
僕が驚いていると、真宵ちゃんがしてやったりといった表情で笑っている。
「ほらほら、なるほど君。一回謝っただけじゃ全然足りないよ」
「ま――真宵ちゃん」
「じゃ、あたしは外に出てるから、あとは二人で解決してね」
微笑みながら真宵ちゃんがパタパタと事務所を出る。二人取り残されて、僕らはバツの悪い表情を互いに向ける。
「あ、あのさ」
「む」
同時に声が重なって、慌てて引っ込めるとまた沈黙が広がる。どうもタイミングが合わない。二、三度そんなことを繰り返して、僕らは大きく溜息を吐いた。そんなものまで同時で嫌になる。
僕は止まっていた足を進め、手の届く範囲まで近づいた。スッと手を伸ばすとビクリと慄くのが分かる。ゆっくりと背中に腕を回して抱きしめる。御剣の肩に俯いたままの頭を乗せた。
「……ゴメン」
「………うム、私も少し大人げなかったようだ。真宵クンにも迷惑を掛けてしまったな」
顔を上げると、幾らか眉間のシワを緩めた御剣が僕を見ていた。どうやら許してくれるらしい。顔を寄せると御剣も応えてくれた。僕らは小さく笑う。参ったな、真宵ちゃんに頭が上がらないや。
「あとで真宵ちゃんに謝らないとな」
「そうだな。私も感謝していたと伝えてくれ」
「仕事、邪魔して悪かったな」
「いや、構わんよ」
とても穏やかな微笑みで去っていく恋人の姿を見て、僕はもう一度笑う。
ああ、もう本当に真宵ちゃんにアリガトウ、だな。
「なるほど君、ごちそうさま」
「あ、真宵ちゃん」
「仲直りしたんでしょ? じゃあ、ラーメン食べに行こうよラーメン」
ぐいぐいと腕を引っ張る少女に僕は苦笑しながら、連れられていく。
「本当に助かったよ。御剣からもお礼を言ってくれだってさ」
「いいのいいの、ほらケンカしてる二人見るのも嫌だもん。仲良きことは美しきことかな、だっけ?」
「今日は奢ってあげるよ」
「ホントッ、じゃあさじゃあさ、チャーシュー大盛りでもいいの?」
「好きなだけ食べなよ」
「うんっ。ありがとう、なるほど君」
真宵ちゃんが笑顔で僕にそう言った。
※仲良きことは美しき事哉。真宵ちゃん最強説。
23:12 2007/08/11
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