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【眠れない夜は】


「うわあっ」
僕は間抜けな悲鳴を上げて、飛び起きる。
時計を見ると夜中の2時だった。

週末は飛び込みのお客さんが多い。
相談事なら時間で終わるけれど、飛び込みの依頼となるとそうはいかない。事情を聞いて、対応策をありったけ出してみて。それでもなお訴えるという依頼だけを僕は受けていた。
大概、相談に来るお客さんは弁護士を依頼できるほどのお金を持っていない。だから時間でくくられても値段の安い相談を選ぶのだ。今日もそうやって3件引き受けた。
案件はどれも民事だから、大体相手との示談で終わる。刑事事件はあまり引き受ける気は無かった。 他の事で手一杯だったのもあるし、何より大事な人を傷つけて遠のけてしまった原因のような気がしている。
「ほらほら、ナルホド君。手が止まってるって。まだ終わらないのー」
「あ、ああゴメン。あとコレだけ仕上げれば終わるから」
真宵ちゃんの声に飛んでいた意識を引き戻され、いつもの仕事に戻る。目の前の書類をトントンとまとめながら、僕は裁判所へ提出する書類を封筒へ入れた。

結局全てが終わって、アパートに着いたときには既に日付が変わっていた。
先に真宵ちゃんに帰ってもらって正解だったな、と僕は思いながらドアの鍵を開ける。
「ただいま〜」
言ったところで返事などありはしないと思っていながら、声に出す。分かってる。これはただの口癖。 其処には誰も居やしない。
靴を適当に脱ぎながら、部屋の中へ入る。室内は雑然としていて、普段の無精が目に飛び込んでくる。 半分は忙しいからなのだけど、残りの半分以上は面倒くさいという理由で成り立ってる汚さだ。
僕は落ちていた洗濯物を拾い上げてベッド際へ投げる。緩ませていたネクタイは取ってしまう。しゅる、と音を鳴らして外したネクタイを椅子の背に掛けた。
シャツとスラックスのままベッドに倒れこんで僕は時計を見る。
カチコチと刻む時間は既に真夜中といっても過言ではない。
「働きすぎ……かなあ……」
重くなる瞼。僕はごろりと寝返りを打って、そのまま意識を沈めた。
何か夢を見たような気がするけれど、それが何かは分からない。

「うわあっ」
僕は間抜けな悲鳴を上げて、飛び起きる。
時計を見ると夜中の2時だった。

僕はただ自転車を漕いでいる。夜の街を横切って、ネオンや呼び声を通り過ぎ。
僕はただ自転車を漕いでいる。夜の街は静まり返って、不気味なほど深い闇だった。
小さな展望台がある丘に向かって僕は走る。
誰もいない。誰も見ない。
僕はただ走っていた。
日頃の運動不足が祟って、坂道の途中で足が着く。漕ぎ出す余力も無くて、仕方なしに自転車を引いた。 足元でざくざくと草が折れていく。
ようやく展望台ににたどり着いたときには僕はもうへとへとだった。照明はとっくに消えていて、明かりになるようなものは自転車のライトだけ。心もとなく点滅するそれを消して、僕はしゃがみこんで空を仰いだ。
星も月も見えない曇り空。それでも目は慣れてきて段々と風景を浮かび上がらせる。ぼんやりとした境界線は今の自分の気持ちにも似て、酷く物足りない。
「何がしたいんだろ、僕は」
独り言は闇夜に消える。ざわざわと風で揺れ動く木々が、心を揺さぶっていく。
落ち着かない。
鼓動が幾分緩くなった心臓は、違う理由で早く鳴り始める。いけないな、と思ったときには既に遅く、視界が滲んでくる。眦に涙が溜まり、溢れた分が頬を伝って地面に落ちた。もやもやした気持ちを振り払いたくて、僕はまた自転車に跨った。
ガタガタと揺れる車体を押さえつけながら、更にペダルを踏み込む。グリップハンドルをギュッと握り締めて、僕はひたすら前を見る。ライトから伸びる光がゆらりゆらりと道を照らした。スピードが増して、景色の流れが速くなる。
また景色が滲む。嗚咽が零れる。
なんだかよく分からないまま僕は自宅へと辿り着き、よく分からないままベッドに突っ伏した。 何で泣いてるのかも分からない。僕は一人、冷えきった布団に涙を落とした。

※書いていてなんですが、なるほど君って公式で刑事事件専門弁護士って名乗ってるんだよね。確か。うっかりしてた。

8:16 2007/06/07

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