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【屋上でこんにちわ】


「へへー、みぬきもとうとう屋上デビューですよ。オドロキさん」
そう言って、くるりと持っていたステッキを回す。
俺は笑っているみぬきちゃんを見て、なんとなく幸せな気持ちになった。

その日はやっぱり晴れていて、それなのに依頼はまったく来ないような一日だった。
「暇だな〜」
「暇ですね〜」
俺とみぬきちゃんは似たような体勢でソファに伸びている。
多分このまま放っておくとお昼寝タイムになるのではないかというような、そんな状態だった。
「成歩堂さん、まだ帰ってこないなあ」
「ん〜、今日はパパ3つくらい仕事掛け持ちだから遅くなるみたいです」
「そっか〜」
ずるずると滑っていた上半身を起こして、俺はソファに座りなおす。みぬきちゃんは寝転びながら、マジックの道具で遊んでいた。
ぼんやりと過ごすには絶好な気候ではあったけれど、室内にいるとなんとなくつまらない。
「どっか出かけようか」
俺は思わずみぬきちゃんに声を掛けた。

デパートはそれなりに人もいて、それなりに楽しい場所だ。
休みのせいか親子連れがちらほら見えるのが少しだけ苦手ではあるのだけど。
「ほらオドロキさん。屋上でマジックショーやるみたいですよ。見に行きましょう」
「あ、ちょっとみぬきちゃん」
みぬきちゃんは興奮しながら屋上へのエレベーターを探し出す。
俺はそのみぬきちゃんに腕をつかまれたまま、一緒に走る。
仲の良いカップルとでも思われてるのだろうか。
エレベーターに乗り込むと、先に乗っていたお姉さんに優しい笑顔で『頑張ってね』と言われた。
俺は少し照れくさく笑いながらみぬきちゃんを見る。
俺よりもほんの少し低い身長につぶらな瞳。
格好さえ目を瞑れば、確かに顔は整っていると思う。
「オドロキさん、どうかしましたか?」
「え、いや何でもないよ」
目が合って、ドギマギしながら視線を階層表示に戻す。
チン、と軽やかな音を立ててエレベーターは屋上に着いた。
一瞬、目がくらむような明るさ。
圧倒的に埋まる親子連れ。
風船を配っているクマやウサギ。
そして、子供の笑い声。
ああ苦手だな、と思うより先にみぬきちゃんが走り出す。
「オドロキさん、ぼーっとしてると置いてっちゃいますよ」
ふんわりと笑われて、俺は思わず赤面する。
ひとり、じゃない。
みぬきちゃんがいる。だから大丈夫だ、と。
俺はそう一人言ちて、みぬきちゃんの後を追いかけた。

「凄かったですねー」
「うん、凄かった。まさか鳩じゃなくてアヒルが飛び出すとは思わなかったよ」
いまだグエグエと鳴きながら、アヒルがヒョコヒョコと歩いている。
回収していないのも気になるが、妙に人馴れしてるのでまあ気にしないことにした。
「やっぱり他の人のマジックは勉強になります。ぼうしくんに上手く活用できないかな」
ブツブツと考えてるみぬきちゃんを置いて、俺は売店へ向かう。ソフトクリームをふたつ買って、ひとつをみぬきちゃんに手渡した。
「はい」
「ありがとうございます」
ぺこり、とお辞儀をして溶け出してくるアイスを舐めている。
「みぬき、あんまりこういった事したことないんですよ」
パパも忙しいから、と話す横顔になんとなく自分を重ねる。
「俺もだよ、みぬきちゃん」
「え、そうなんですか」
「うん。俺、両親いないから」
「そうですか、ゴメンなさい。余計なこと聞いちゃいましたね」
「いいよ、別に。気にしてないからさ」
日差しでアイスがどんどん溶けていく。
手に垂れる前に舌ですくった。

陽光もだんだん落ち着いてきて、だんだんと人も疎らになっていく。
「そろそろ帰ろうか」
「そうですね」
俺とみぬきちゃんは座っていたベンチから腰を上げた。
誰もいないマジックショーの舞台。乗る人のいない遊具。
そんなもんだよな、とぼやいていると風船を持ったクマが近づいてくる。すっと出された風船に驚いていると、クマは頭の部分を外した。
「やあ、みぬき。オドロキ君」
「な、成歩堂さん」
「パパっ」
成歩堂さんは微笑んでいる。
「言ったろ、今日は仕事を掛け持ちしてるって」
「そ、そうですけど…」
オドロキ君、と声を掛けられて裏返った声で返事をする。
それを聞いてみぬきちゃんも成歩堂さんも声をあげて笑っていた。
そこまで笑わなくたっていいのに。
それを聞いてますます二人が笑う。
「二人でデートかい?」
「そういうわけじゃ――」
「羨ましいでしょ、パパ?」
みぬきちゃんは嬉しそうに笑っている。
成歩堂さんも笑っている。
困ってるのは俺だけだ。
「今度はパパとデートしてくれよ?」
「ぶー、パパ忙しいんだもん」
みぬきちゃんは笑って、マジックショーの舞台へと駆け出した。
「じゃーん、みぬきのマジックショー。ちゃんと見てってくれますよね、お客様?」
俺と成歩堂さんは顔を見合わせて、それからみぬきちゃんへと向けて微笑んだ。
『喜んで、みぬき嬢』
「へへー、みぬきもとうとう屋上デビューですよ。オドロキさん」
そう言って、くるりと持っていたステッキを回す。
笑っているみぬきちゃんを見ている俺と成歩堂さん。
なんとなく胸の奥が温かくなって、ああこれが幸せなんだな、と思った。

14:32 2007/06/13

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