今から7年前。 ぼくは仕事を、弁護士という肩書きを失った。 仕事に対する経験を、自信を、信頼を失い。 法廷という居場所を、失った。 「パパ、電話だよ。みつるぎさんから」 この子はみぬき。 7年前のあの日からぼくの子供として、一緒に暮らしている。 とても一言では片付かない複雑な事情の身の上を彼女は理解し、そして適応している。 幼いのに賢く、そして強い。 彼女を守るどころか、守られているのではないかと時々錯覚を起こすくらいだ。 「パ〜パ〜、早〜く〜〜〜」 受話器を片手に持ちながら、頬を膨らませている。 ぼくは苦笑しながら、ようやくソファから腰を上げた。 「遅い」 久しぶりに聞いた声は酷く不機嫌で、電話越しにでも表情が想像できる。 「悪かったよ。久しぶり」 「ああ、みぬき君も元気そうで何よりだ」 「ぼくはどうなんだよ」 「貴様は殺したところで死なん」 「相変わらずだなあ」 受話器を持つ手を入れ替えながら、苦笑する。 「で、何の用だい」 「例の事件の話を聞いてな」 「ああ、アレか」 「法廷に戻らんのか」 「試験を受けなおさなきゃなんないからねえ」 面倒くさいなあ、とぼやく。 「馬鹿か、貴様は」 「運で受かったような奴だしね」 心底同情するような深い溜息が聞こえる。 そして気を取り直したのか、キビキビした声音が戻る。 「どうせろくな7年じゃなかったのだろう。キミは法曹界に戻るべきだ。運とハッタリで生きてるような男は、精々法廷で大声でも張り上げていろ」 「相変わらず、だなあ」 「何がだ?」 「素直じゃないところが」 相手が絶句したのを気配で察し、くっくっと笑う。 「悪い悪い。どうせお前が心配してるのはみぬきのことだろう?」 「馬鹿者」 「馬鹿だよ」 「そうではない」 「じゃ、どういう意味なのさ」 とにかく、と御剣が咳払いをする。 「……来年、そちらの検事局に戻る」 「来年って、あと2ヶ月しかないじゃないか」 「4月の人事になるんだろうが、引越しもあるからな」 1月中には日本に戻る、と言った。 「そっか、おめでとう」 「……うム」 なんとなくお互い口を止めてしまい、沈黙が広がる。 カチコチと時計の秒針が室内に響く。 「また、法廷で会えるといいな」 「今度こそは叩きのめしてやろう」 「叩かれるのは鞭だけで十分だよ」 アハハと笑って、大きく息を吐いた。 「引越し、手伝うよ」 「精々扱き使ってやる」 隣の部屋から楽しそうな声が聞こえた。 みぬきとオドロキくんがまた何かやってるのだろう。 「パパ」 みぬきの声と共にドアが開く。 ひらひらとマントが揺れている。 「あぁ悪い。御剣、また後で掛けなおすよ」 「そうだな」 「じゃあ、またな」 受話器を置いて、少し痛む耳を摩った。 「パパ、そろそろお仕事の時間だよ。遅刻したらまた怒られちゃうんだから」 腰に手を当てて、もっともらしく説教する様が酷く大人じみて滑稽だ。 ぼくは笑いながら、帽子を被りなおした。 「今日はビビルバーでみぬきと一緒だからね」 「そうだな、とりあえず仕事にいかなきゃな」 困った顔をしたオドロキくんをよそに、ぼくとみぬきは事務所の扉をくぐる。 「成歩堂さん、オレの仕事はどうするんですか」 後ろから声を掛けられる。 「さあ、どうしよっか」 自分で見つけておいでよ、と笑いながら階段を下りた。
※4終了後、2週間ほど経って突発的に書いたもの。なんだかよく分からんが御剣はどうしたんだろう的ネタから派生。 21:01 2007/06/01
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