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【パパの居ない日――side.O】


「オドロキさん、おはようございます」
「みぬきちゃん、おはよう――ってあれ、成歩堂さんは?」
「パパは今日、オフ日なんですよ」
「なにそれ」
「パパの一日完全休業日、らしいです。とりあえず、ハイ」
「ん、手紙?」
「パパからオドロキさんにです」
「ええと、『今日一日、事務所とみぬきを頼んだよ』ってエエーーッ!」
「というわけですから、今日はよろしくお願いしますね」
そう言って、みぬきちゃんはにっこり微笑んだ。

事務所を開けて、お昼頃までは来客もなく俺は書類の整理に励んでいた。
なんだかみぬきちゃんの私物も多少なりとも含まれている書棚から取り掛かり、とりあえず成歩堂 さんがかつて手掛けた事件のファイルくらいは発掘することに成功した。
「オドロキさん、お昼ですよー」
「え、ああもうそんな時間か。うん、分かった。もう少し片付けたら行くよ」
散乱する事務所内をぐるりと見渡して溜息を吐き、せめて私物とファイルくらいは別に片付ける。
パッと見、どこも片付いていないように見えるが、うんやっぱり片付いてはいない。まだまだ時間が掛かりそうだ。
空っぽのダンボールをズルズルと引きずって、手品関係の小物を投げ入れる。
みぬきちゃんが見たら「そんなに乱暴に扱わないでください」とか怒られそうだ。
とにかく床が見えるところまで片付けて、オレは区切りを付けることにした。

「はーい、今日のお昼はみぬき特製ナポリタンでーす」
みぬきちゃんはニコニコしながら皿に盛られたパスタをテーブルに置いた。
コップには麦茶が入っており、小皿にはサラダ。
「サラダは手抜きしちゃいましたけど、いいですよね」
まあ、成歩堂さんみたいに凝っているのもどうかと思うけど。
ナポリタンは基本に忠実で、ケチャップの香りが懐かしさを誘う。
具はピーマン、玉ねぎ、ベーコン、マッシュルーム、あとはナスが入っている。
サラダは千切られたサニーレタスに小ぶりのトマトが乗っている。ドレッシングはお好みで、ということでビンが卓上に載せられていた。
「みぬきちゃんが全部作ったの?」
「そうですよ。全部みぬきの手作りです」
俺は椅子に座って、皿を目の前に引き寄せる。
みぬきちゃんも向かいの席に座って同じようなことをしていた。
「えへへ、みぬき頑張りましたよ」
「うん、凄いと思うよ」
「じゃあ冷めないうちに食べちゃいましょう。いただきまーす」
「いただきます」
そう言って俺は有難くいただくことにした。

「美味しいですか?」
「うん、美味しい。成歩堂さんに習ったの?」
俺がそう聞くと、みぬきちゃんはコロコロ笑って違いますよーと首を振った。
「みぬきのもうひとりのパパから習ったんです」
「ああ、ザックさん。だっけ?」
「そっちじゃないです」
みぬきちゃんは意味深に笑うと、俺の空になったコップに麦茶を注いだ。
俺はありがとう、と受け取り、一気に半分を飲み干す。
冷えた麦茶が咽喉を潤して、気持ちが良かった。
「まあ、それはパパから聞いてくださいね。教えてくれるかどうかは分かりませんけど」
「うーん、まあいいけど」
俺はパスタをクルクルと巻きながら口に運ぶ。
ケチャップの味わいがやはり懐かしい。
「ナス食べると、夏が来たなあって感じがするよ」
「あ、それみぬきもです。だから入れたんですよ」
俺は残り少なくなったパスタを平らげて、ごちそうさまと笑った。

午後は迷子の猫の捜索依頼とか法律相談とかそんな感じで、気付いたときにはもう夕方近かった。
法律相談は些細なもので、隣の住人がいちゃついて腹が立つとかオバチャンの若いときはどうだとか法律というより愚痴に近いようなものを散々聞かされて終わった。解決策としては隣の住人にそのことを言ったらどうですか、とか大家さんに相談してみてはというようなことでどうにかケリが付いた。
迷子猫はヤタブキさんの所の屋台の下に潜り込んでいるところを無事捕獲して、謝礼金が少しだけ入った。
「ふ〜、やれやれ」
「お疲れ様です、オドロキさん」
ようやくソファに座り込んだ俺にみぬきちゃんがコーヒーを出してくれた。一緒にトレイに乗せたミルクと砂糖をすっと出す。
「オドロキさん、ブラック苦手でしょう?」
「知ってたの?」
「来るたびにミルクと砂糖は絶対入れるじゃないですか」
少し困ったように笑いながら、みぬきちゃんは隣に座ってマグカップのコーヒーを飲んでいる。
ちらりと見た限りではカフェ・オ・レのような色合いである。
「みぬきもブラックは苦手ですから」
悪戯っぽく言われて、俺はガシガシと頭を掻いた。

成歩堂さんの話やみぬきちゃんの学校の話で盛り上がってるとインターホンが鳴った。はーい、とみぬきちゃんが入り口へパタパタ走っていく。
俺はすっかり冷めたコーヒー(いや、カフェ・オ・レか)を置いて、同じく入り口へ向かった。
「やあ、お嬢ちゃん。オデコ君」
「牙琉検事!?」
「君たちのパパにお願いされてね。様子を見に来たよ」
そう言って牙琉検事は事務所内に入った。
みぬきちゃんはきゃあきゃあ言いながら、牙琉検事に縋っている。
くそ、ちょっと面白くない。
「ところでこんな時間だけど、君たち食事はまだ?」
時計を見ると7時を回っている。
どうやら話し込んでるうちに時間を忘れていたらしい。
「もしまだだったら、ボクとディナーは如何かな?」
「牙琉検事と? 何でまた――」
「はーい、みぬき行きまーす」
「OK。じゃあボクのオススメの店に連れてってあげるよ」
みぬきちゃんが勢いよく返事をしたので、結局ご馳走になることになってしまった。まあ事務所は閉めればいいだけの話なので、みぬきちゃんが喜ぶならいっかと俺は思った。

連れてこられたのは予想外にも小ぢんまりとした料亭だった。
「ん、どうしたのかな。二人とも止まっちゃって」
「え、いや。牙琉検事オススメの店って言うからてっきり」
「イタリアンとかフレンチとかそういう店を期待してた?」
「なんだか意外ですねー」
牙琉検事は可笑しそうに笑って、ボクも日本人なんだけどなあと言いながら入り口を空けた。
「さあ、お二人さん。どうぞお先に」
なんだかエスコートされて、むずがゆい気持ちになる。
みぬきちゃんは嬉々として店の中に入ったので、遅れて俺も入ることにした。

お店の中は外から見たよりも広く見え、どうやら個室もあるらしい。
が、そちらは予約席ということなので、とりあえず俺たちは座敷に並べられたテーブルの一つに座ることにした。
メニューらしきものは特段置いてないが、慣れているのか牙琉検事がいくつか注文を出している。
みぬきちゃんは珍しそうにキョロキョロと店内を眺めて、ほー、とかへー、とか感嘆の声をあげていた。
「お嬢ちゃんはこういうところ初めて?」
注文の終わった牙琉検事がいつもの笑顔でそう問いかける。
みぬきちゃんはもちろんですよ、と力強く答えている。
「みぬきのパパはあんまり外食とかしないですから」
「成歩堂さんが?」
「はい、ああ見えて料理するの好きみたいです」
牙琉検事はへえ、と珍しく驚いた声をあげて笑っている。
俺はちょくちょくその料理のご相伴に預かってる身なので、黙って聞いていた。
「キミもあんまり来ないのかな、こういったところは」
急に話を振られて、へ、と間の抜けた声を出してしまう。
みぬきちゃんが、ぷっと笑ったので俺は咳払いをした。
「まあ、ひとりじゃ来ませんね」
俺がそう答えると、みぬきちゃんが横から口を出した。
「あ、牙琉検事。オドロキさんも料理上手いんですよー」
「へえ、オデコ君も料理するんだね」
「え、そりゃまあ多少は」

おまちどうさまー、と女将さんが飲み物を運んできた。
牙琉検事と俺にはビール、未成年のみぬきちゃんにはウーロン茶だ。
突き出しはニシンの菜の花和えだった。
「とりあえず乾杯、かな」
「そうですね。お疲れ様です」
「乾〜杯」
向けられたグラスに俺とみぬきちゃんもグラスをぶつける。
久しぶりのビールはほろ苦くて、冷えた咽喉越しが美味しい。
グラスの半分くらい空ける。と、牙琉検事が物珍しそうな顔で俺を見ていた。
「なんでしょうか?」
「いや、オデコ君。アルコール大丈夫なんだね」
ダメだと思ってたよ、と爽やかに笑っている。
「そんなに強くは無いですよ。そういう牙琉検事こそ全然呑んでないじゃないですか」
「ん、ボクはあんまりアルコール呑めないんだよね」
「え、牙琉検事お酒ダメなんですか?」
みぬきちゃんも驚いた顔をしている。どうやら俺と同じ意見のようだ。
「アニキは強いんだけどね。ボクはからっきし弱いのさ」
「ああ、先生は強いですよね。俺、潰されたことありますから」
「だろうねえ」
あの見た目に皆騙されるんだ、と牙琉検事が笑った。

次々と運ばれてきた料理はどれも格式ばったというよりは家庭料理に近いものばかりで美味しかった。
特にがんもどきは手作りというだけあって、それは絶品だった。
他にもアジの刺身や山菜の天ぷら、旬菜の煮物などなかなか手が掛かるようなものまで、俺とみぬきちゃんは存分に堪能した。
「パパにも教えてあげたいですね」
「今度は成歩堂さんが居るときに誘ってあげるよ」
がっついて食べたせいか、皿の中は全部空っぽだ。
最も一番食べていたのはみぬきちゃんだと俺は声を大にして言わせてもらう。
一体どこに入っていくのかよく分からない。俺よりも小柄なのになあ。
「そろそろ出ようか?」
お茶を啜っていた俺たちは牙琉検事の言葉に促されて、店を後にした。
うーん、と店の外で伸びをしていると店内で牙琉検事が会計を済ませているのが見える。
「すみません、ごちそうになっちゃって」
「ごちそうさまです、牙琉検事」
俺とみぬきちゃんがそういうと、気にしないでいいよと牙琉検事は笑った。

俺とみぬきちゃん、そして牙琉検事。
外食と言えば、飲み会などのイベント時が多いのでこんな形は珍しい。
3人で他愛のない話をしながら、事務所へと歩いていた。
と、みぬきちゃんが思い出したように、腰のバッグから手紙を取り出した。
「牙琉検事、これパパから預かってきたの忘れてました。ゴメンなさい」
「いや構わないよ。どれどれ」
牙琉検事は手紙を覗き込んで、少し考え込むように片手を顎にやる。
その姿は先生の考える姿に良く似ている。俺はぼーっと牙琉検事を見ていた。
しばらく考え込んでいた牙琉検事は、ふむ、と唸って手紙を俺のほうへ渡した。
「お二人さん、今日はボクの部屋で泊まるようにってこの手紙に書いてあるんだけど」
「え」
俺は奪い取るように手紙を覗き込む。
そこには紛れもなく、成歩堂さんの筆跡で「二人を泊めてあげてね。よろしく」とだけ書いてあった。
「そうですねえ。みぬきは着替えがあればそれで全然オッケーなんですけど」
「いやいやいや、みぬきちゃんっ」
「オデコ君、だからキミも泊まるようにってことなんじゃないかな」
俺の邪推を打ち消すように牙琉検事がのんびりと言う。
みぬきちゃんは、着替え取ってこなきゃとはしゃいでいる。
その様子を見て俺は何とも言えなくなり「分かりました」とがっくり頭を落とした。

※4設定。ご飯大好きです

20:11 2007/06/09

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