「ぬ」
日差しの眩しさに目を覚ます。
よく覚えてはいないが、成歩堂と呑んだ後無事に自宅には帰れたらしい。
自棄酒にも程があるな、とぼやきながら布団を剥ぐ。
と、己が裸なのに気付いた。
見ればシャツもズボンもそこらに放り出している。
酔ったからといって情けないと思いながら、私は脱ぎ散らかした服を集め始めた。
まだ痛みの残る頭とだるい身体を引きずるように寝室を出ると、成歩堂がソファで寝こけてた。
ジャケットこそ脱いではいるが、昨日と同じシャツにスラックスの姿のままである。
「成歩堂」
驚いて声に出してしまったことを後悔したが、相手は一向に起きる気配が無い。
まあ昨夜一晩酔っ払いの相手をしていたのだから致し方ないことではある。
ふとテーブルを見るとメモが乗っていた。
とりあえず冷蔵庫に食事を用意してあるから食べろ、ということらしい。冷蔵庫を覗いてみるとサンドイッチが作ってあった。
案外マメな男だと私は感心しながら、風呂へ向かった。
シャワーを浴びて、スッキリした状態で出てくると成歩堂が丁度欠伸をしながら身体を起こしているところだった。
「成歩堂」
「ん。ああ御剣、おはよう。勝手にソファ借りてゴメン」
そう言って、もう一度大きく欠伸をする。
「いや、昨日は済まなかった。正直、あまり覚えてはいないが迷惑掛けたのだろう?」
成歩堂は「んー」と返事をしただけで、特に反応は無い。
どうやらまだ寝ぼけているらしい。
「君もシャワーを浴びてきたらどうだ」
「うん、そうする」
だらだらとソファから立ち上がり、猫背のまま風呂場へと歩いていく。ほとんど眠ってないに違いない。
平日の疲れが溜まっているだろうに、私のような酔っ払いの世話までした成歩堂に少し申し訳なく思った。
シャワーの音が聞こえてくる。
普段一人暮らしで、滅多に人も泊めないから自分が動く音以外の音が聞こえることに新鮮味を覚える。
テレビさえも置いていないような部屋なので、一人で居るときは深とすることも多い。他の物音など煩わしいと思っていたが、今はそう思っていない自分に気付いた。止め処なく聞こえる水音に耳を澄ませていると眠気がまた襲ってくる。
「ふむ」
成歩堂が風呂に入ってる間に紅茶を飲もう、と思った。
ケトルを火に掛けてお湯を沸かす。沸くまで時間があるからその間にストレーナーやカップを用意する。
紅茶はダージリンとアールグレイで迷ったが、無難にダージリンにすることにした。オレンジペコのファーストフラッシュ。
缶を開けるとふわりと香気が洩れる。買ってから少し時間が経っていたが、香りは十分残っていた。
カタカタと蓋の揺れる音がして、沸騰したことを示している。
コンロの火を止めて、少し落ち着くのを待った。
茶葉をティースプーンで量り、ストレーナーに入れる。
温めるためにお湯をカップに注いで、残りをストレーナーに注いだ。仄かだった香気がお湯と共にキッチンに広がる。
「いい匂いだね」
いつの間にか風呂から上がった成歩堂が髪を拭きながら近づいてきた。
「ドライヤーは使うか?」
「うーん、いいや。放っとけばそのうち乾くよ」
カップのお湯を捨て、紅茶を注いでテーブルに運ぶ。成歩堂はいつの間にか冷蔵庫からサンドイッチを取り出していた。
シンプルな朝食だな、と思いながら椅子に座ると向かい側に成歩堂も座った。
「昨日はすまなかったな」
そう謝ると、成歩堂は何故かビクッと身を震わせて、ぎこちない笑顔になった。
「いや、別に謝るのはこっちだから」
「何か言ったか?」
ぼそぼそと呟く声が聞こえづらい。聞き返すと大袈裟に手と首を振りながら何でもないよ、と言った。
態度が怪しすぎてどこから聞けばよいのか分からなかったが、とりあえずそのぎこちない笑みを崩すことにした。
「成歩堂」
「うん?」
法廷ではあんなにハッタリを振りまく男なのに、意外と嘘が下手だなと思いながら睨みつける。
「何を隠してるんだ」
「何も隠してないってば、うん」
「汗が浮かんでるぞ」
「風呂上りだからね」
「声が震えてるな」
「気のせいだよ」
「目が泳いでるぞ」
「いやいや、そんなことないってば」
「成歩堂」
幾分低めに抑えた声で、咎めるようにもう一度名前を呼ぶ。
「最後通牒だ。何を隠してる」
その一言に成歩堂はあー、とか、うー、などと唸りながら頭を落とし、ゆっくりと顔を上げた。
「あのさ、何言っても怒らないって約束してくれない?」
「何だと?」
「いや、だから」
「……小学生じゃあるまいに。まあいい、聞くだけだ。怒りはせん」
そう言うと露骨に成歩堂はホッとした表情になった。
やはり許さないでおこうかという気になってくる。
「御剣、眉間に皺」
「ム」
どうにも表情が表に出てしまう。
とりあえず今は成歩堂の方が先だ。紅茶を一口飲んで、ゆっくりと促した。
成歩堂が実は、と言って切り出したのは到底信じられないというか信じたくもないような事実だった。
とにかく覚えてない以上、果たしてそれが事実かと問われれば自分は嘘だと答えるしかない。というか、答えたい。
「ゴメン」
しかしよくよく考えてみるといくら酔ってるとはいえ、介抱した者がいるのだからあんなに服が脱ぎ散らかされるものだろうかだとかという矛盾が生じる。それに加えて、目の前の男の態度が更に火に油を注ぐように己の腹立たしさを増す原因となっている。
「御剣、謝るから謝ってるから」
ゴメンなさいと何度も頭を下げる成歩堂の姿に理不尽な怒りが沸々と湧いてくる。
「何故キサマは止めなかったのだ」
「いや、うん。だからそれは聞かないで」
相変わらず目を逸らしたままの成歩堂を睨みつける。
「成歩堂、言え」
「あー、ええと。その、何て言えばいいか良く分かんないけどキミお酒飲まない方がいいよ。うん」
「誤魔化すな」
だらだらと汗を流す目の前の男はうう、と唸っている。
現実だと思いたくないのだろう。私とて信じたくない事実ではあるが。
しばらく放置していると、ようやく口を開いた。
「だって」
「何だ」
御剣上手いんだもん、とぼそぼそと話ながら俯く男に私はどうしようもなく脱力する。
何なんだ、一体何なんだと大声で叫びたかったがあいにく部屋は防音機構など付いていない。
私は大きく息を吸って、精神を安定させた。
「……もう一度確認させてもらおう。本当にキミは『私に』抱かれたのだと証言するわけだな」
「うん」
赤面して潤んだ眸で見据えられ、私は正直引いたことは否めない。
そして少しだけ成歩堂を可愛いと思ってしまった己に恨み言を並べた。
※ヘタレ、怒られるの巻。据え膳食えないヘタレ。襲おうとして襲われるヘタレ。さすがミッタン。むしろミッタン。強いなー、ミッタン。
2:30 2007/06/12