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【つまらない口癖――side.N】


その日の夕方。
相談に来た依頼人も片付いたので、久しぶりに早く帰るかと僕は事務所を閉める準備をしていた。
段々と夏が近づいているためか、6時を回ってもまだ外は明るい。
明るいうちに帰れるなんていつ以来だろうなんて考えながらブラインドを下ろしていると、事務所の電話が鳴り出した。
「はい、成歩堂法律事務所です」
また相談だろうかと電話を取ると、それはとても意外な相手だった。
「……成歩堂。私だ」
「御剣」
最近では滅多に法廷でも出会う機会の少ない友人の声に僕は驚いて、思わず椅子に座りなおす。
「どうしたんだ、急に」
「うム。つかぬ事を尋ねるが、時に君は今日暇だろうか」
「え、ああ。今、事務所閉めてるところだから。特に用は無いけど」
「それならば私と一緒に呑まないか」
「構わないけど。どうしたんだ、お前から誘うなんて珍しいじゃないか」
「ム。ちょっと色々とあって、な。」
「いや別に良いんだけどさ。で、何処で呑むんだ」
僕がそう尋ねると、御剣は裁判所近くの居酒屋を指名する。
そこなら僕も知ってる場所だし、そんなに遠くも無い場所だ。
分かった、と返事をして僕は受話器を置いた。

「で、な。そのことを上司に提言しても『放っておけ』の一言だぞ。全く人を馬鹿にしている」
「うーん、それは僕も思うけどさ」
「そんな人物が今どき男尊女卑云々と持ち出してる割にはお茶汲みを女性職員に無理矢理やらせるのだぞ。ふざけてるとは思わんか、成歩堂」
「おい、御剣」
「何だ」
「お前、呑みすぎだぞ」
「そうか? そうは思わんが」
御剣が肩を竦めて、首を振る。
既に僕らの前のテーブルには空いたグラスが所狭しと並んでいた。
そのほとんどを御剣一人で飲み干しているのだから、呑みすぎじゃなくて何だというのか。
「明日は仕事じゃないのか」
「仕事だったら呑むものか。少しは考えたまえ」
どうせ休暇は山ほど残ってるしな、と言いながらふらりと揺れている。
これ以上居座ると、そのまま潰れてしまうかもしれない。
「そろそろ出るよ」
「……うム」
僕は立ち上がって会計へと向かった。
勘定を済ませながら、御剣を見ると靴を履くのにも手間取っている。
相当に酔ってるな、と僕は思った。
「おーい、置いてくぞ」
「ム」
もたもたとようやく靴を履いた御剣が千鳥足で歩いてくる。
僕は溜息を吐きながら、御剣に肩を貸して店を出た。

店を出ると風が案外強くて肌寒く感じる。
もう初夏なのにな、とぼやきながら歩いてると御剣の重さが段々と増した。
「寝るなって、おい」
腕を担ぎなおすと、ハッと覚醒して歩き始める。
そんなことを繰り返しながら、僕は御剣を部屋まで送り届けた。
「御剣、カギ」
「ん、ポケットの中だ」
最早、自分で取る力も無いらしい。
僕は御剣の羽織る臙脂のジャケットのポケットを探って、カギを取り出した。
鍵穴に差し込んで、ロックを外し、ノブを回す。
開けた扉を背中で支えながら、僕は伸びきった御剣を部屋の中へ入れる。
玄関口に座らせて、僕はやっと大きく息を吐いた。
「呑みすぎだって言ったろ」
「むう」
唸るばかりで一向に動く気配の無い御剣に溜息を吐きながら、僕は御剣の靴を脱がせた。
だらり、と寝転ぶ御剣を背負って室内に入る。
寝室らしきドアを開けて、そこに寝かせた。
「ん」
「スーツで寝るなよな」
枕を抱えて、寝る体勢に入った御剣を止め、僕はジャケットを脱がせ、ベストのボタンを外す。
酔っ払いの介抱なんて嫌いだ、と思いながらもここまでやったからには最後まで面倒を見るのが人情ってやつだ。
首のヒラヒラ(名前は知らない)を取ってやろうと、首に手を回すと御剣がビクッと反応した。
「や」
力なく払いのけるように腕が僕に当たる。そのまま慣性でずるずると下に滑って、シーツに落ちた。
可愛いな、と一瞬頭を過ぎり、僕はブンブンと首を振る。
今何考えてたんだ僕は、と一人言ちながら意を決してヒラヒラに手を伸ばす。
どういう結び方かは知らないが、引っ張るとしゅるりと簡単に解けた。
ブラウスのボタンをいくつか外してやり、楽にさせてやる。
日に焼けてない肌は白く、アルコールのせいか僅かに上気している。
「なる…ほ……どう……」
眉根が僅かに寄った姿が色っぽい。
まずいな、と思ったときには既に欲情していて。
どうしようもない感情をようやく自覚して、溜息を吐いた。

※でもヘタレ。どうしようもなくヘタレ。続くのかなあ

2:29 2007/06/12

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