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※ちょっとしたお話

【Z:zero】0:40 2007/09/13

「忘れられないのも辛いけど、忘れさせてもらえないのは」
結構苦しいものだろう?
ぽつりと呟いた声音は無機質なプラスチックの壁にぶつかり、無様に消えた。

「お久しぶりです」
「やあ、なるほどちゃん。久しぶり」
留置所の強化プラスチック越しに対面する男―――巌徒海慈はあの時と変わらぬ笑みを浮かべている。
「わざわざココまで来たってことはボクに話したいことがあるんでしょ?」
「――ええ」
ピンと張った空気が痛い。
そうだ、捕まったからと言って、留置所の中に居るからと言って、人格まで変わったわけじゃない。立場は異なれど、向かい合うこの人物はかつての警察局長なのだ。
「まあ、言わなくても大体知ってるよ。キミがココに来た理由くらい、考えればすぐに分かるもんだよね」
「御剣のことを、知っているんですか?」
「当たり前だろ。ボクのことを何だと思ってるんだい?」
ニコニコ笑う男の目は、やはり笑ってなどいない。
「ボクは御剣ちゃんの居る場所を知っている。でも教えてあげない」
「何故ですか?」
「裁判のときに言っただろ。ボクと御剣ちゃんは似てるって」
立場は違えど、中身は一緒。
だから行動なんてお見通し。
「なるほどちゃんには分からないだろ? 御剣ちゃんの気持ちなんてさ」
「・・・・・・そう、ですね」
嘘か真か。それでも、嘘を突き通せばいつの間にか本物にすりかわる。
だから、同じこと。
「でも、僕はアイツを救ってやりたくて――」
「なるほどちゃん」
口元から笑みが消える。
ただそれだけで彼の顔から慇懃無礼な雰囲気が、消える。
「人が人を救うなんて出来ると思ってるのか?」
それはかつての警察局長その人で。
そんなことは知っている。知っているから自分は対面している。
対面して、相対して、対等な立場のように見せかけて。
「人が人を裁くのと同じくらい馬鹿げた考えだよね、ホント」
怖い。怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い。――――怖い。
「正義なんて、タダの自己弁護にしか過ぎないって知ってた?」
「・・・・・いえ」
「何が正しい、何が間違いなんて、結局決めるのは自分だ。ソレを他人に押し付けるのは親友だろうが恋人だろうが、自己満足に過ぎないんだよ」
まして、その人の価値観そのものを踏みにじるなど。
「法律なんてね、どうせ『枠』以上にはなれない。『枠』からはみだしたものを罰する。それだけで済めば僕ら――警察は要らないね」
「でも、貴方自身がその枠からはみだしたじゃないですかっ」
「なるほどちゃん、ソレはキミの意見だろう?」
「ええ」
「ボクの正義とキミの正義は違うんだ。残念ながら両方とも間違いだろうけどね」
「僕は――」
「人が喋ってるときは口出ししないでほしいな」
罪を犯してなお、己の威厳を保つ。
罪を犯してなお、己の理想を貫くだけの確固たる意志。
それは、決して僕に持ちえないもの。
「要するに御剣ちゃんとキミの価値感が違ってた。それだけの話だろう?」
「それは、そうですけど・・・・・・」
「御剣ちゃんを追い詰めたのは、キミだ」
こんなときに言葉に詰まる僕は、ソレを認めているということだ。
反論の余地さえなく、ただ徹頭徹尾『信じていたのに裏切られた』、ただそれだけで押し通そうとした己の姿は陳腐で、幼稚だった。
「もう時間かな。じゃ、ボクは戻るよ」
「ま、待ってくださいっ。せめてアイツの居場所だけでも」
「なるほどちゃん。最初に言ったろ? ボクは『教えない』って」
ほんの僅かに口の端だけを上げて笑う巌徒元警察局長に、僕は引き止めようと伸ばした腕をゆっくりと下ろした。
「アイツは、生きてるんでしょうか」
質問でも何でもない、ただの呟き。質問にしては相手まで届かず、言い聞かせるにも声音は弱弱しい。答えなど求めてはいない。それでも。
「生きてるよ」
ただ、その一言が返される。
パッと視線を上げると、既にドアを開けて出て行くところだった。
何故。どうして。貴方なんかに何が分かる。
言葉は詰まるだけだ。質問なんか出来やしない。
それでも僕は彼の言ったことは果たして間違いなどではないだろうと半ば直感に近い確信を持って、ほんの僅かだけ頭を下げた。

※初巌徒さん。狩魔検事とどちらにしようか迷いましたが、巌徒さんで。御剣の考えをトレースするならこの人の方が適任かしら、というとこから。結局、なるほど君的には「どうせ僕にはアイツの考えることなんか分からない」等々、うじうじ考えてるんでしょうね。なるほど君が2であんなに怒ったのは単純にミツルギが戻ってくるのが遅かっただけだと思います。時間と比例して恨みがましく思うのでしょうなあ。冒頭の台詞は巌徒さんの独り言です。コレが書きたかっただけとも言います。