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※ちょっとしたお話

【V:vip】19:58 2007/09/12

僕は酷く浮かれた気分で自宅へと続く道を走っている。チリンチリンと間の抜けたベルを鳴らしながら、人と人の隙間をすり抜けていく。夕闇に覆われた空は段々と夜の帳を降ろし始め、頼りない光を生み出すライトが光の軌跡を作っている。
疲れた顔のOL。携帯電話を片手につまらなさそうな学生。周りに幸せをふりまくカップル。既に赤い顔をして大声で笑うサラリーマン。
すれ違って、景色に紛れた。
ペダルを踏むとスピードが上がる。
ただただひたすらに漕ぎ続け、少し冷たさを伴った夜気の中を駆けていった。
ようやく自宅へたどり着くと、ぼんやり灯りが洩れていた。僕はそれを見て少し笑う。自転車にカギを掛けて、階段を一段飛ばしに駆け上る。
自宅のドアノブを捻って開けると、何故かキレイに片付けられたリビングで顰め面しい表情のまま淡々とビールを呷る男がいる。
「遅くなってゴメン」
「ム、気にするな」
どうせ先にやっている、と缶を掲げて、御剣は静かに笑った。

待っている、とメールを貰ったのは17時を回った頃。
意外な人物の意外な誘いに思わず僕は真宵ちゃんをさっさと帰して、少し早かったけれど事務所を閉めて帰る事にした。
「どうしたの、なるほど君?」
「ん、何で?」
「顔が緩んでるよ」
「え」
とにかく上機嫌だったのは否定しない。
否定しないが、それを指摘されるほど顔が緩んでいるとすると相当だと我ながら重症なんだろうかと考え込んでしまう。
「ミツルギ検事?」
「なんでアイツの名前が出るんだよ」
「だってそれ以外考えられないじゃない」
なるほど君だし、となんとも失礼な一言を言われつつも図星だからしょうがない。
「ふっふっふ、なるほど君の嘘くらい簡単にみぬけちゃうんだよ?」
「あのね」
「あたしは行かない方がいいんだよね?」
にっこりと微笑まれては文句も無い。
「――――降参」
「二人で仲良く美味しいものでも食べてきなよ」
「はいはい」
僕は安堵と諦念の入り混じった溜息を吐いて、財布から2000円を出した。
「真宵ちゃんも今日はコレで何か食べてきなよ」
「え、いいの? よおし、今日は『あしたや』のチャーシュー麺特盛りだねッ」
「うん、頑張れ」
勇ましくラーメン屋へと向かう後姿に僕は笑って手を振った。
さすが真宵ちゃん。勝てないよなあ。
そんなことを考えながら、ワイヤーロックにカギを差込み、捻った。カチリ、と外れたワイヤーをクルクル巻いてハンドルに適当に引っ掛ける。
「さてと」
ぎい、と僅かに軋んだ音を立てたペダルを思いっきり踏み込んで、僕は自宅へと帰る事にした。

「まさかオマエから誘いのメールが来ると思わなかったよ」
「珍しいか?」
「まあね」
鞄を適当に置いて、ジャケットをハンガーに掛けた。ネクタイを緩めて、しゅるりと外してしまう。
「最近は仕事終わるの早いの?」
「まさか」
「だよねえ」
最早、犯罪大国日本と言っても過言ではない今日この頃の事情を鑑みれば、ただでさえ人員不足を訴えてる検察庁としては暇とは到底言い切れないのだろう。というか、一人一人の仕事が過剰にあるはずだ。多分。
「大変だよなあ、オマエも」
「キミほどではない」
「そうかあ? 僕は自由業だから仕事選べるし」
「その仕事が飛び込んでこなくて大変なのだろう?」
「うぐ、痛いところ突くなよ」
シャツのボタンを二つほど外して、どっかりとフローリングに座り込んだ。
目の前のビール缶をプシュッと開けて、傾ける。
咽喉に通る炭酸が疲れたカラダには十分なほどの心地良さだ。
「あ、ゴメン。乾杯もしてないや」
「フン、どうせ私も先に呑んでいるのだ」
「じゃ、改めましてお疲れさん」
「ム」
カツン、と乾いた音を鳴らしながら、缶がぶつかる。
グビグビ呷ってるうちに一本空いてしまう。ううん、咽喉が渇いてたんだろうか。

「で、ご飯食べたの?」
「いや、まだだ」
「腹減ってないのかよ」
「むゥ、特段空腹とは思えない」
「ま、いいや。何か作るけど、リクエストあるか?」
簡単なものなら作れるよ、と伝えると、心底驚愕どころか驚嘆の表情で固まる御剣と目が合った。って、おい。
「キミは、料理が出来たのか!?」
「そっちかよ」
はあ、と深い溜息を吐いて、しゃがみこむ。なんだろうこの脱力感。
「あのな、僕、一人暮らしなんだよね」
「ウム、それは知っている」
「じゃあ、自炊くらいするだろ。普通」
「ぬうう、しかし普段あれほどズボラなキミが料理など出来るのか?」
「オマエ、ソレちょっと失礼だぞ。僕に」
どっと押し寄せた疲労感たっぷりの身体に鞭打って、僕はよろよろと冷蔵庫を開ける。しいたけ、鮭の切り身、豚こま肉、オクラ、トマトに長ネギ。うーん何だ、この統一感の無さは。とりあえず常備菜の玉ねぎとジャガイモも入れたところで何か思いつくようなものでもない。ううん、どうしたもんだか。
「御剣ー、オマエ好き嫌いとかあるか?」
「あるように見えるか?」
「・・・・・・無いんだな。うん、分かった」
調味料から攻めてみよう。サルサソースがあって、バジルソースがあって、ニンニクチップがあって、って何なんだこのイタリアンで行こうぜ、みたいな代物は。確か缶詰でトマトホールやアンチョビもあるはずだ。うう、パスタは当たり前のように常備しているあたりが少し悲しい。

「そういえば成歩堂」
「うん?」
「先ほど隣の住人から『大量に作りすぎたから食べてくれ』とこのようなモノを貰ったのだが」
振り返ると御剣がローテーブル上に置かれた皿を示している。どうやら何かしらの料理のようだ。
「隣って、アカミネさん?」
「ム、名前は知らないが女性だったぞ」
「ああ、じゃあそれアカミネさんだ。で、何貰ったの?」
「炒め物らしきものと何か怪しげなモノだ」
「またかよ」
近づいてみてみるとラップに包まれた皿の中に緑色の野菜が見える。もう一皿の方は豚角煮のようだ。
「確か『チャンプルーとラフテーを作った』とか言っていたが」
「あ、それアカミネさんとこの郷土料理だよ。うん、今日は当たりだね」
僕が露骨にホッとして見せると、御剣が訝しげにソレを見る。
「当たりとはどういうことなのだ?」
「いや、あの人、たまに怪しい料理作っては僕に毒見させようとするんだよ」
「むゥ、それはあまり良い趣味とは言えないな」
「ま、でも郷土料理のときはハズレがないから結構美味いよ?」
「私が出たら驚いてたが、何か納得したように頷いてコレも持ってきてくれたぞ」
ゴトリ、と御剣が差し出したのは丸っこい甕だった。濃い茶色の地肌に黄色と青で彩られたラベルが申し訳なさそうに貼り付けられている。口は油紙と麻縄でくくられて閉じられている。
「あーーーっ、これアカミネさん秘蔵の古酒じゃん。何で、どうして、僕が頼んでも絶対くれなかったのに。オマエ、ズルイよ」
「ム、しかし『二人で呑んでくれ』と言っていたが」
「あ、そうなの? ううん、矢張の時には貰えなかったのになあ」
「あとキミに伝言を頼まれている」
「何て?」
「『今日は私もマツモトさんもヨネザワさんも泊り込みの研修なんでヨロシク』とか何とか言っていたが。何か意味があるのか?」

僕は甕に伸ばしかけた手をピタリと止めた。
このアパートは1階に1部屋、2階と3階に3部屋ずつという構成になっている。ちなみに1階には2部屋ぶち抜きにして大家さんが住んでいるが、その姿はほとんど見た事が無い。ある意味このアパートの七不思議と化しているが、ごくたまに野菜などの救援物資をくれることがあるので何も問わないでおこうと住人間で協定が交わされていたりする。おっと、話がずれた。
ちなみに僕の部屋は2階の奥。アカミネさんは隣の住人でマツモトさんは同じく2階の住人。ヨネザワさん3階。僕の部屋の真上だ。真下の部屋は住んでいるかどうかよく分からない大家さんの部屋。ついでに言うと1階はミネギシさんというサラリーマンで仕事が忙しいのか帰ってくるほうが稀な人物。3階の2部屋の住人、ヨシノさんとイケガミさんは1ヶ月ほど旅行に行ってくると確か1週間前に言われた気がする。
つまり。というか、ぶっちゃけ。
今日はどんな騒ぎを起こした所で止める人間は居ない。
そんな事実を突きつけられたわけで。

「どうした、成歩堂」
「え、ああ、うん。ゴメン。ちょっと考え事してた」
僕の中でぐるぐると状況把握・分析作業が繰り返されている。ううん、どう考えてもコレは願っても無いチャンスなんだろうか。
「とりあえず食べるものはあるのだから、別段作らなくても良かろう」
「うん、そうだね」
「呑まんのか?」
「いや、呑むよ。呑む呑む」
僕は慌てて台所に戻り、食器棚からグラスを二つ取り出した。そして冷凍庫に入れっぱなしだったロックアイスを袋ごとボウルに入れてリビングに運び込む。
「レードルついてる?」
「いや。しかしコレを使えと柄杓を貰った。ついでにツマミにしろと豆腐ようまであるぞ」
ナイス、アカミネさん。
普段、矢張と呑むときには絶対やってくれないようなサービス付きだ。
「キミの隣の住人はいつもこうなのか?」
「まあ、それなりに。かな」
どれだけキケンな代物を食べさせられたことがあっても、とりあえず今日のコレで全部許してしまいそうな自分が怖い。うう、あの人、意外と策士なんだろうか。
「矢張も交えて3人で飲むことが多いんだよ。アイツと一緒だと呑みつぶれること多いからさ。結構世話になってるんだ」
いつの間にかヨネザワさんやらイケガミさんが居ることもたまにあるけど。
「隣、とはいえ女性に世話をさせているのか?」
「いやいやいや、あの人、酒強いから」
多分、御剣よりも強いと僕は確信している。というか、強すぎだ。あの人。
「千尋さんと同じくらい呑むんじゃないかなあ」
「綾里弁護士、か」
「うん、生きてたら喜んで酒盛りやってたと思うよ」
僕は横でつぶれてるな。確実に。
そんなことを思いながら、グラスに氷をぶち込んで、甕の油紙を剥がす。
柄杓でゆっくりと液体を掬い、氷の上からそろそろと注ぐ。
「ほらほら、せっかく良いの貰ったんだし楽しんで呑もうよ」
グラスを突き出すと、ヌウとかムウとか唸ってるんだかよく分からない声を出して、受け取った。何も遠慮しなくてもいいのになあ。というよりも警戒してるだけかもしれないけど。
「潰れない程度であれば戴こう」
にやり、と笑って呷る御剣に僕も笑ってしまう。
まあ、コイツも何だかんだ言って結構強いから潰れることはそうそう無いだろう。
「せいぜいお手柔らかに」
乾杯、と改めてグラスを交わし、僕らは顔を見合わせて笑った。

※ムダに長いな、この話。そしてナルミツなのかどうかさえよく分からない話に。
あまりタイトルに沿って書く気はなかった(ヲイ)のですが、いつの間にかアパートの住人が気を利かせてくれました。やるな、アカミネさん(ぇ)
きっとほろ酔いあたりでなるほど君がアタック仕掛けてくれると信じてます。信じたいけど、ヘタレだしな。ちなみにアパートの住人(主に隣)と矢張はこの部屋で呑みながらなるほど君の愚痴というか恋愛相談を受けていたら面白いなあとか思ったり。