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※ちょっとしたお話

【U:up】21:54 2007/09/12

限界だ。
僕はそう呟いて、圧し掛かる書類の山をいっそ燃やしてしまおうかと考える。
丸3日。僕は自宅に帰ってない。というか帰れない。
何故かと言うと真宵ちゃんに『この書類の山を片付けるまでは帰っちゃダメ』と宣言されてしまったからだ。勿論、真宵ちゃんは帰るので、僕もその後帰ればいいのだが、どうやら隣のホテルの支配人と妙なネットワークがあるらしく、電気が消える時間までもチェックされているようだ。いいのか、従業員。っていうか見張られちゃってるのかよ、僕。
はっきり言ってプライバシーの侵害で訴えられるのだが、如何せん原告が僕、被告が真宵ちゃんじゃ世間ではただの冗談としか見てくれないだろう。それが辛い所だ。
とりあえず僕は、うう、と唸って大きく伸びをする。関節が酷使しすぎて――脊椎の隙間にある軟骨間の空隙が割れて――鳴る音が室内に響く。切ないなあ。もう整体とか行きたいんですけど、マジで。

ささやかな、それでも叶わぬ夢を思い浮かべつつ、給湯室にのろのろと足を運ぶ。
ヤカンに水を入れて、コンロの火に掛けた。さてと。
コーヒーか緑茶か。
カフェインの量からすると緑茶の方が効果があるはずだが、コレで眠気が晴れたという例は無い。となると必然的にコーヒーになる。袋詰めのコーヒーをフィルタに入れて、ポットにセットする。マグカップを軽く水でゆすいで、布巾で拭いた。
ついでに流し台に溜まっていたコップやら湯のみを洗ってしまう。
そういえば家の流し台も凄まじいことになってたよなあ。どうにかしないとなあ。
そんなロクでもないことを考えつつ、濡れた手をタオルで拭いた。洗ったばかりのコップや湯のみも水気を拭って、食器棚に片付けてしまう。
ガタガタと激しい音でヤカンの蓋が踊っていた。どうやら沸いたものらしい。
僕はコンロの火を止めて、少し落ち着くのを待った。マグカップにお湯を注いで軽く温める。器を温めるのは基本中の基本。まあ、紅茶じゃないから何もココまでやらなくてもいいのだけど、普段の癖とは恐ろしい。
『カップを温めておくと、飲み終わりまで冷めないのだ』
そんな一言を思い出して、一人で苦笑する。

ゆらゆらと途中で消える湯気を見ながら、僕は静かにコーヒーにお湯を注ぐ。ゴプゴプとフィルタ越しに落ちていく琥珀色の液体は底面に溜まるたびに波紋を散らす。重ねられた琥珀は色濃く染まっていき、やがて漆黒ともいえる色合いを為していく。途中何度かお湯を継ぎ足しながら、ポットの八割方まで溜まった所で僕は残ったお湯を捨てた。
『余ったお湯は排水溝に流してね。そうすればぬめりとか残らないから』
千尋さんに言われたことが、こんなときに思い出される。
多分、コーヒーの香りとかそういったもので少し感傷的になってるのだろう。こぽこぽとマグカップにコーヒーをそそいで、ポットを持ったまま応接室に戻る。ローテーブルにポットとマグカップを置いて、どさりとソファに身体を投げやった。

「うう、頭痛い」
恐らく眼精疲労だろう。前頭葉から視床下部、それに脊椎周りの諸筋肉および骨の辺りが軋んでるような気がする。さすがに限界だ。いくらソファが広くても仮眠すると余計に疲れてしまう。
「やっぱり寝具って大事だよ、うん」
ベッドやら布団が恋しい。というか主に枕が恋しい。枕代わりの鞄はあれど、どうにも寝心地が悪くてしょうがない。隣のホテルから取ってきたいような気もするが、窃盗罪で捕まるのが目に見えてるからどうしようもない。
「はあ・・・・・・疲れ・・・た・・・・・・」
どうしようもないのは自分の思考回路だな、などと思いつつ、半分下がりかけた瞼で思う。ちらちらと瞬く蛍光灯が眩しくてしょうがない。うん? 蛍光灯?
真宵ちゃんが帰ったときに消していったような、と無理矢理身体を起こして出入り口脇のスイッチを見やる。と。
「まだ居たのか、キサマ」
「み」
苦々しい顔でそこに立ってるのは確かに間違えようもなく、親友の姿で。
「電気が消えたから帰ったと思ったぞ」
「ってか、なんでオマエここに居るんだよ。御剣」
聞けば丁度事務所近くを通っていた御剣が、給湯室の電気が消えるを見て帰るところなのだろうと勘違いしたらしい。しばらく事務所の入っているビルの階段下で待っていたらしいが、降りてこないのに苛立ってココまで登ってきたようだ。

「今日も泊り込みとはな。忙しいのか?」
「って言うか、アレ片付けないと帰れないんだよ。真宵ちゃんが煩くてさ」
所長室にごちゃごちゃと積み上がった書類を見て、溜息を吐く。あんなの終わらないぞ、ホント。
「ふむ、アレだけ片付ければ帰れるのか?」
ちょっと待て異星人。今、アレだけって言ったか、アレだけって。
「今日の午前中の書類程度だ。二人でやればすぐ片付くだろう」
本気でコイツが異星人に見えてきた。うん、そうだきっとそうに違いない。だから同じ異星人のオバチャンに好かれるんだ。きっとあの後ろ髪の跳ねた所あたりが触覚なんだ。あの辺から通信とかしてるんだな。便利なようで不便だよな。今どき携帯電話でもアンテナなんて付いてないぞ。ってもう、ダメだ。思考回路が追いついてない。ちょっとショート気味だな。うん、無理だ。
「人の話を聞いてるのか、成歩堂?」
「ゴメン、御剣。僕はちょっとキャトルミューティレーション的なアレはちょっとヤダな」
「何を言ってるのだ、キサマ」
「うん、僕にもよく分かんない」
分かって言ってたらソレはソレで自分を褒めてるよ。
「とにかくアレを片付けなければキミはまたココに泊まるのだろう?」
「うん、まあね」
真宵ちゃん怖いし。
「では終わらせたら家に帰れるということだな」
「そういうことだよね」
帰って寝たいよ。どうでもいいから。
「では起きたまえ。さっさと片付けるぞ」
「うう、少しは寝かせてくれよ」
「私を待たせる気か、馬鹿者が」
前言撤回。真宵ちゃんも怖いけど、コイツも怖いよ。っていうか、二人とも僕の人権侵害しすぎだから。
僕は深く、それは深く溜息を吐いて、温くなったコーヒーをぐびりと飲んで、所長室へとよろけつつ向かった。

※『give Up』のUPです。ある意味アップアップです。溺れてます。職場に居る時の私は大概こんな感じです。コーヒーじゃなくてジャスミンティーやらウッチン茶だけどな。ぐったりしてると局長やら同僚が張り切って、仕事を回してくれます。いや、そんな苦情処理イラナイから。