【097:キミの言葉】9:26 2007/12/16
キミに逢いたい。
キミの声が聞きたい。
キミの肌に触れたい。
キミを、抱きたい。
抱きしめたい。
クリスマスパーティはまあそれなりにそれなりな感じで、それなりに終わった。急に仕事が入って遅れて参加になった御剣や、彼女からの呼び出しで途中いなくなった矢張だとか、ラーメンを使ったモンブランを必死に食べてたイトノコさんだとか。
まあいろいろハプニングはあったけれど、やっぱりやってよかったな、と健やかに眠る真宵ちゃんや春美ちゃんに毛布を掛けながら、僕は思った。
「成歩堂、真宵クンたちは―――」
シィ、と僕が口元に人差し指を当てながら真宵ちゃんたちを示すと、御剣も眉を跳ね上げてやれやれと首を振った。
狩魔検事はイトノコさんが責任を持って送っていく、と言い切ったのであとは真宵ちゃんたちだけだ。とは言え、こうも安らかに寝ていると起こす気にもなれなくて、僕は片付けをし始めた。
「仕方あるまい」
「そうだね」
御剣も諦めたように片付けを手伝ってくれる。
余った食事なんかは全部イトノコさんにお持ち帰りいただいたので、残っているのはゴミやイルミネーションばかりだ。
「久しぶりにあのように騒いだ気がするな」
上機嫌の時にしか聞けないような声音で御剣が呟く。
僕は、そうだね、とおざなりに返答しながら転がった空き缶を拾った。
「キミにはすまないと思っている」
粗方、片付けを終えて、ゴミ袋をまとめていると御剣がそう言った。
何のことだろうと思ったけれど、気にしないよ、とだけ答えた。
「・・・・・・キミは怒ると思ったが、そうではないのか?」
「別に、いつものことだろ」
「そう、か」
何故か御剣が押し黙って、不器用に結んだゴミ袋を入り口に置く。
もう少し綺麗に結べよ、と僕は言おうと顔を上げると何か言いたげな御剣と目が合った。
「何だよ」
「・・・・・・いや」
「言いたいことがあるんなら言えばいいだろ」
台所の流しで手を洗って、布巾で軽くテーブルを拭いていく。
御剣はただぼんやりと突っ立ってるばかりで、それが益々僕の気に触った。
「大体、帰ってくることも言わないようなヤツが僕に今更何を言いたいっていうんだよ」
僕は言葉を吐き捨てながら、御剣を睨んでやった。
ソファで、ううん、と真宵ちゃんたちが唸っている。
声が大きすぎたか、と僕は舌打ちをして、濡れた布巾を流し台に戻した。
「やはり・・・・・・キミは怒っているのだな」
「まあね」
僕がそう言うと、御剣が俯いたまま、すまない、と小さく謝った。
「キミに知らせる時間がなかったのだ」
「イトノコさんや真宵ちゃんに知らせる暇は作れても?」
「それはっ」
顔を上げた御剣に冷たい視線をくれながら、僕は一人掛けのソファにどっかりと腰を下ろす。
「良いんだよ別に。どうせオマエの中じゃ僕なんてそのくらいの存在でしかないんだろ」
「・・・・・・そんなことは・・・無い」
徐々に小声になる御剣に苛々して、大声を突きつけたくなるけれど真宵ちゃんたちが寝ているからそれも出来なくて、代わりに大きく溜息を吐いた。
「もう、いいよ」
僕がそう言うと御剣が眉を顰めて、唇を噛み締める。
「何が・・・だ・・・・・・」
「もういい、って言ったんだ。僕ばっかりオマエのこと追っかけてるみたいでさ。オマエだってもうコリゴリなんだろ。親友だって言ったところで何も変わらないんだし。いいんだ、別に。昔みたいに戻れるって思った僕が馬鹿だったんだから。だから」
もう、いいんだ。
僕はそう言って目を瞑った。
正直、これ以上御剣の姿を見るのもキツイ。
心臓が酷く痛かったけれど、脳のまやかしだと放っといて僕はただ意識を閉ざそうとする。
「成歩堂ッ」
悲痛な声音で呼ばれて、僕は舌打ちをしながら渋々目を開ける。
まだ入り口のあたりで立ったままの御剣が顔を伏せながら、時折、ちらちらと僕の様子を窺ってるのが見えた。何だか苛々するような態度だ。
「何だよ。これ以上オマエと話すことなんか、僕には無いんだけど」
「私にはあるのだ」
「へえ、オマエが? 僕に?」
「そうだ。私が、キミに、話したい事が、ある」
一音一音確認するように区切って話す御剣が思い切ったように顔を上げた。
「私はキミが好きだ」
へえ、と僕が返事を返すと酷く落胆した表情になって、顔を背けた。
「御剣、言いたいことはそれだけ?」
「・・・・・・ああ」
「僕に返事とか聞かなくていいの?」
「・・・・・・聞かなくても分かる」
「ホントに?」
「くどい」
僕はソファから立ち上がって、事務所のドアを塞ぐ御剣の傍へ歩み寄った。
ぶつかる30cm手前でピタリと止まって、御剣の顔を見る。
「聞かなくていいの? 御剣」
僕がもう一度そう言うと、ハッとした顔で御剣が僕を見た。
思ったより間近にある顔が狼狽している。目を見開いているせいか、意外と長い睫毛がフルフルと震えていた。僕は手を伸ばして御剣の瞼に触れ、頬に触れ、顎を撫でる。スッと髪を漉くと、セットされた髪が乱れて、酷く婀娜めいて見えた。
「何を・・・する・・・・・・」
「内緒」
さらり、と指を滑る感触を楽しみながら、御剣の首をぐい、と引き寄せる。
驚いた表情に優越感を覚えながら、僕は御剣の唇を塞いだ。
「・・・・・・ぁ・・・・・・・・・は・・・」
突然の行為に呼吸を忘れた御剣が苦しそうな顔で僕の胸を叩いた。僕は気にせずに更に距離を詰めて、御剣を腕の中に収めながらますます深く口付けていく。少し荒れた感触が欲情を更に刺激して、貪欲な本能に突き動かされるまま僕は御剣に覆い被さった。
ドン、と壁に押し付けて、ようやく唇を解放してやる。互いの唾がつう、と絡んでぽたりと落ちた。
どうしたの、と真宵ちゃんの寝惚けた声が聞こえて、僕は何でも無いよと言ってやる。そう、と力ない声が返ってきて、呼吸はやがて寝息に変わった。
「――キサマ、何をするッ」
「真宵ちゃんが起きちゃうよ」
ずるずると壁を滑って、床に座り込む御剣に僕はニッコリと笑ってそう言った。怒りのためか真っ赤に顔を染めた御剣が何か言いかけた言葉を呑んで、チッ、と舌打ちをする。
「嫌がらせのつもりか、成歩堂?」
「この期に及んでそんなことが言えるオマエが信じられなよ、御剣」
「キミは私のことが嫌いなのだろう?」
「誰がそんなこと言ったんだよ」
「・・・・・・キミを見れば分かる」
「馬鹿だね」
僕は何度も確認したよ。ソレを聞こうとしなかったのは御剣だ。
「僕はこんなにもオマエが欲しいのに、オマエがソレを否定するってどういうことさ」
顔を近づけて詰め寄ると、御剣が目を伏せて僕の視線から逃げた。
「キミは・・・ヘテロセクシャル・・・・だろう・・・・?」
「それで?」
「・・・だから・・・・・・私のことなど・・・・・・・」
「オマエ、やっぱり馬鹿だろ」
それで僕から逃げてただなんて大笑いだ。
真宵ちゃんじゃないけど、両片思いってホント馬鹿馬鹿しすぎないか。
「まあいいや」
僕はもう一度御剣に口付けた。今度はただ触れるだけのソレで。
離す間際に洩れた御剣の吐息が僕の首筋に触れた。
「告白したんだったら覚悟くらい決めろよ。天才検事」
「――っるさい」
カラカラ笑いながら僕は御剣の耳元に、所長室で待ってるから、とソッと囁いて身体を離した。
※というわけで、ひとまず終わり。真宵ちゃんは寝てますが、千尋さんが見ているかと思われます。弟子のアレやソレに嘆息しながら、まあいいかと思ってくれればいいかと思われます。ナルミツは幾ら書いても飽きないのがいいなあ。