→Slightly-Space-Shorties←
※ちょっとしたお話

【079:纏わりつく】5:13 2007/11/16

キミの熱が肌越しに伝わって。
いっそ身体さえ煩わしいと思えるほど。

二年の出向期間は酷く長く感じられた。
海外研修の時ほど距離はないけれど会えないという点では同じことで。帰宅時間は早くなったものの、待つ者の部屋に戻るほど侘しいものも無い。私は書類で重くなった鞄を床に置いて、ソファに座り込んだ。冷え込んだ空気は既に冬を感じさせ、見えない傷がジクリと痛む。
もう、冬だ。過ぎてしまったはずの、終わったはずの冬がまた訪れる。
寒風に晒されて鈍い感覚の指先が今の心持ちに似ていた。まるで自分の器官でさえない様な、もどかしい触覚。視覚さえもおぼろげで、現実を知覚するのも困難だ。
ひとつ溜息を吐いて、ソファの背に身体を預ける。冷たい感触に背筋が粟立ち、それでも立ち上がるほどの気力は無い。
苦しいのは何故だろう。昔はそんなことなど無かったというのに。悪夢に悩まされる夜はあっても、ソレも苦しいとは思わなかったのに。
キミが居ないからだと私は思う。キミが居ないからだと愚痴が廻る。
「キミが、居ないからだ」
私は、呟く。

休日を利用すれば帰ることなど簡単だった。それでも私は帰らなかった。帰ったところで現状は変わらない。それならば自分を惨めにさせることもない。
午前中に家のことを片付けて、午後から少し外に出た。街路樹はイルミネーションが施され、まだ1ヶ月近く先にあるキリストの聖誕祭に浮かれている。急ぎ足でコートを翻す幾つかのスーツとすれ違い、ソレと同じくらいのカップルとすれ違う。師走とは言え皆、足は速い。
はあ、と息を零すと白く染まる。今日もやはり冷え込んでいる。この街は冬が早い。そして、長い。もう少し経てば雪も舞う頃合だろう。ホワイトクリスマスなど例年のことだと同僚が口を揃えて言っていた。

脇から出されたポケットティッシュを断わり、私は緩くなっていた足取りを元のペースに戻して歩く。手袋越しに伝わるのは冷えた空気ばかりで。思い出されるのはキミの暖かな温もりだけで。色褪せたダッフルコートに見慣れた青いスーツ。困ったような笑顔で、私の手を握り締めた。
「そんな顔するなって」
人目など気にせずに自分のポケットに手を突っ込んで、辟易する私を宥める口調で他愛の無い話を繰り返す。寒いからと抱きしめてくれて、愛しいからだとキスを落とす。始終纏わりついて、私から離れない。
他の季節なら煩わしいと跳ね除けるソレも、冬の間だけは許される行為で。渋面を見せながらも内心では少し嬉しくて、仕方ないと呟きながら黙ってキミを受け入れた。

はらり、と枯葉が舞って地面に落ちる。
たちまち群集に呑まれて、踏み躙られ、元の形など留めない。
ふと足を止めると向かいから歩いてきたカップルの女性と僅かに肩がぶつかった。小声で申し訳ないと言って私は空を仰ぐ。どんよりと曇った空から今にも雪が落ちてきそうな様相だ。今日は低気圧が近づいて冷え込むと言っていたから、多分間違いなく降るのだろう。
凍えるような冷たい風にこの身を晒しても、今ここにキミは居ない。
強張った身体を震わせながら、私は再び足を進めた。


※冬のお話。御剣さん転籍編。検事さんも異動がちょくちょくあって大変なようです。ところで冬が寒いのは当たり前ですが、冬が長いのだけは勘弁して欲しいところです。寒がりなのになんでこんな寒冷地に住んでるんだよ、私。