【076:絶対零度】23:50 2007/12/03
冬は嫌いだ。
抜ける風は冷たく凍える。
凍えて、凝って、残ってしまう。
思い出したくも無い出来事も忘れたはずの記憶も全てその季節に集約されて、春が来るまで私の中で嘲笑っている。温くも無い小春日和が半端に傷を溶かして、ぐずぐずに膿んでしまうのを哂っている。
父を亡くしたのも、日常を失くしたのも、己を無くしたのも。
全て冬の季節のことで。
父を殺したのも、日常を壊したのも、己を閉じ込めたのも。
全て冬の記憶のことで。
だから私は冬が嫌いだ。
嫌いで嫌いで仕方ないのに。
冬は、私を離してはくれない。
床暖房とセントラルヒーターで室内はかなり暖かい。
ガラス戸越しの空は冬晴れというものだろうか。酷く青く染まっており、雲ひとつ無い澄んだ空気が冷たさを生んでいる。
電話回線がチカチカと点滅しながら、電子音が鳴った。受話器を取ると、コレクトコールです、と無機質に伝えられ、私は繋ぐように頼む。国際電話なんて掛けてくる人物は限られた者しかいない。私は書類から目を離し、溜息を吐きながら繋がるのを待った。
「や、久しぶり」
果たして電話の声は親友のそれで、私は口元に自然に笑みが浮かんでくるのを自覚する。
「名乗るくらいはしたまえ、成歩堂」
「分かるんだからいいだろ、別に」
「矢張と思って切っても良いか?」
「ああ、ちょっとそれは勘弁してくれよ」
クスクスと電話越しに苦笑する声が聞こえてくる。
「あのさ、オマエ今年は帰ってくるの?」
「何故だ?」
「いやだってほら、もうすぐクリスマスじゃないか」
ふと顔を上げて卓上のカレンダーを確認すると確かに12月になっており、今年も残り僅かだと訴えていた。
「そうか、気付かなかったな」
「どれだけ忙しいんだよ」
「この電話をすぐに切って仕事に取り掛かりたい程度には忙しいな」
「ソレって冗談のつもり?」
「冗談に決まってるだろう」
ふふっ、と成歩堂が笑い、私も小さく笑う。
「休み取れそう?」
「まあ、この案件が終わればどうにかなる」
トン、と書類をまとめ、机の脇に置く。
担当とは言え、後は報告書だけだから仕上げて上司に持ち込めばとりあえず決済印くらい押してくれるだろう。如何に無能であろうと、そのくらいはしてもらわねば困る。
「キミこそどうなんだ?」
「何が?」
「毎年この時期は何か事件を抱えてることが多いのだろう?」
「あー、まあ、そうだねえ」
「帰ったところでキミは仕事などという事態にさせるつもりではないだろうな?」
「それこそ冗談言うなよな」
ゲラゲラと声をあげて、成歩堂が笑っている。
後方から何か言われたのかゴメンゴメンと謝る声が聞こえた。
「大丈夫だよ。大丈夫」
「何が大丈夫なものか」
私がそう言うと、成歩堂がまた笑い出した。
「大丈夫だって言ってるだろ」
「フン、どうだか」
「僕はどうせオマエから離れられないんだから心配するなよ」
「では私に嫌われないよう精々努力したまえ」
「はいはい、心配しなくても大丈夫だよ」
「釘を刺しただけだ」
「オマエらしいね」
成歩堂の背後から少女の怒鳴り声が聞こえてくる。私はソレを聞いて再び笑い、成歩堂もつられて笑う。
「帰って来いよ。待ってるからさ」
「ウム」
柔らかい声音と、優しい言葉と。
ただそれだけで閑散とした冬さえも彩りを与えることができる男の言葉に、私もまた色を含んだ言葉を返し、静かに電話を切った。
※設定が曖昧なのは曖昧だからです。読み返して4設定でも行けそうだな、なんて考えてしまいました。むしろパパ歩堂で良い。ダル歩堂で良い。カッコイイえろオヤジが大好きです。