【075:悪戯に笑う】10:23 2007/11/24
「たまには仕事なんて忘れてろよ」
成歩堂がそう言って私の手から書類を奪った。
私はジロリと成歩堂を見やって、奪われた書類を取り戻そうと手を伸ばす。
「返せ」
「嫌だ」
伸ばした腕を掴まれて強く引かれた。握り締める手の力に私は眉を顰めて、更に険を込めた視線をやる。
「今なら冗談として許してやらんこともないぞ」
「その台詞こそ冗談だろ」
グイ、と一層強く引っ張られた身体はバランスを崩して成歩堂にぶつかった。何を、と文句を言おうと顔を上げると光の無い彼の目にハッと息を呑む。
「逃げるのは止せよ」
ジッと見つめられて息苦しくなる。動悸が激しくなってギュウウッと胸が締め付けられるような痛みを覚えた。
「私は・・・逃げてなど・・・・・・」
「逃げてるだろ」
ふ、と成歩堂の視線が緩んで、私はようやく呼吸を許されたような気になる。ハアハアと荒れた息を整えて、私は成歩堂の手から書類を取り戻した。
「馬鹿馬鹿しい。キサマの勘違いで仕事の邪魔をするつもりか」
「勘違いしてるのはオマエの方だよ」
するりと腕が回されて、視界が成歩堂で埋まる。
「あんまり抱え込むなよ。僕だって居るんだからさ」
失うのは怖いんだ、と耳元で囁かれる。
たったそれだけのことに、私はそれだけで酷く動揺した。
バサバサと紙がフローリングの床に落ちて、散らばった。
成歩堂は背中に回された腕を外して、書類を集めている。私はただ呆然と見ているだけで動くことが出来ない。集めて整えられた書類を突き出されても、受け取ることさえ出来ない。
「御剣?」
頬を撫でられて私は自分を取り戻す。思わず成歩堂の手を払って、私はソファから立ち上がった。見下ろすと疑問符を呈した成歩堂と目が合う。
「どうしたのさ」
とっさに言葉を返すことも出来ず、私は押し黙ったままくるりと踵を返した。
「何処行くんだよ」
「少し風に当たってくる?」
「外? 寒いよ」
「構わん」
「あ、ちょっと」
パタパタと後ろから成歩堂が近づいてくる。私は足を早めて玄関のドアノブを掴み、捻って開けた。
「ちょっと待てってば」
襟首を掴まれて、私は後ろに仰け反った。軽く気道が絞められて、苦しさに足元がふらつく。ドアノブを掴んでいた手を離して、私は振り返った。
「離せ」
パッと襟首を離されて、よろよろとその場に尻餅を付く。ガクガクと震える足はまだ力が入らない。ひとつ溜息を吐いて、立ち上がることは諦めた。
「あのさ、そんな顔して外に行かれても僕が困るんだよね」
突如降ってきた声に視線だけをやるとバツが悪そうに頭を掻く成歩堂が目の前に立っている。
「そんな顔とはどういうことだ」
「鏡見てみろよ。そんな赤い顔してさ、何処行くんだって話だから」
「馬鹿を言うな」
「素直じゃないなあ。でもまあそういうところも好きだから」
「キミの事は以前から馬鹿だとは思っていたが撤回させてもらおう。むしろ大馬鹿者だ」
「そうかもね」
にゅう、と成歩堂が私の腕を掴んで引っ張った。空いた片手を壁に付きながら、立ち上がると成歩堂が眼前でニッコリと笑う。
「でもそういう僕が好きなんだろ?」
悪戯に笑うその顔へ私は言葉を返せずに。
悔し紛れに唇へ噛み付くと、成歩堂は息を呑む。
そして小さく肩を震わせて笑いながらゆっくりと腕を首に回して、舌先までも絡め取った。
※バカップル話。甘え下手な御剣さんが書きたいはずがどんどん違う方向へ。さすが御剣さん。