【067:意味の無い言葉】1:35 2007/11/25
キミに逢いたい。
キミの声が聞きたい。
キミの肌に触れたい。
キミに、聞きたい。
風が徐々に寒気を伴って。
冬だねえ、と真宵ちゃんがしみじみと言う。
カタカタと揺れる窓ガラス越しに、枯葉がひゅるりと舞っていた。
「今年は雪が降るのかなあ」
「天気予報ではまだ雨と言っておりましたけど」
「そっかー。でもクリスマスには降ってほしいよね」
「何故ですか?」
「だってほら、ホワイトクリスマスってヤツだよ。カップルのメインイベントッ」
「まあ、そんなものもあるのですね。それでは早速なるほど君に言わなくては」
「えー、いいよ。あ、そうだ。なるほどくーん」
ぺちゃくちゃとお喋りをしていた真宵ちゃんがふと気付いたように僕を呼んだ。
「なるほど君ってばー」
「何だよ」
僕は打ち込んでいた文章を保存して、顔を上げた。
真宵ちゃんと春美ちゃんがくりくりと大きな目を更に大きく開けて僕を見ている。何だか嫌な予感がしたけれど返事をした手前、聞かないわけにもいかない。
「ねえねえ、なるほど君。今年ってさ、ミツルギ検事帰ってくるんだよね?」
「さあ」
「さあって、付き合ってるんじゃなかったっけ?」
「どこからそういう話になるんだよ」
「え。違うの? 何で?」
「何でも何も、そもそも僕らは男同士だぞ」
「今どきそんなの珍しくないんだよ、なるほど君」
春美ちゃんが気を利かせて入れてくれたお茶を受け取りながら、僕は眉を顰める。そもそもどうして僕と御剣が付き合ってることになるのだろう。そりゃあ、まあ親友だから仲は良いし、仕事も似通ってるから裁判所でも大概一緒に居ることも少なくない。でもだからって付き合ってることにはならないだろう、普通。
「だってなるほど君ってミツルギ検事のこと好きじゃない。ミツルギ検事もそうなんだから付き合っちゃえば早いのになあ」
「あのなあ、何で僕が真宵ちゃんに恋愛講義をされなきゃならないんだよ」
「だってさ、両思いなのに打ち明けないのは犯罪だよ犯罪。これはもう真宵ちゃんが腕を振るって」
「料理じゃないんだから腕を振るう必要はないだろ。ったく、僕は御剣と付き合うつもりは欠片も無いし、そもそも男と付き合う趣味もないよ」
「ホントに?」
「当たり前だろ。ソレが普通なんだから」
マグカップに注がれた煎茶を啜りながら、僕は溜息を吐く。少し温くなっていたけれど味を損なうほどでもない。相変わらずお茶を入れるのが上手いなあと感心しながら、僕はもう一口ぐびりと呑んだ。
「って言うか、御剣が今年帰ってくるか来ないかの話じゃなかったのかよ」
僕がそう言うと真宵ちゃんがポンと手の平を叩いて、カラカラ笑った。
「うん、そうそう。で、戻ってくること知らないの?」
あたしのところにはメールで連絡来たんだけど、と真宵ちゃんが言った。
「真宵ちゃんにメール? アイツから?」
「うん、昨日連絡あってさ。クリスマスだけは帰ってくるって書いてあったけど、知らないの?」
「・・・・・・いや」
僕はポケットから携帯電話を取り出して確認してみたもののそんなメールは飛び込んでいなかったし、さっき見た事務所のパソコンだってそんなメールは受信していない。
「だってイトノコさんも知ってるし、ヤッパリさんも知ってるみたいだけど」
「え」
急に聴覚がおかしくなったように真宵ちゃんの声が遠い。ぐにゃりと曲がる視界が酷く気持ち悪くて、心臓が不整脈を打った。
「―――ほど君。なるほど君」
「うん?」
「顔色悪いよ、大丈夫?」
寒気がして僕は身震いした。手先がみるみる冷えてきて、胸の辺りに圧迫感を感じる。ガンガンと頭痛が始まったところをみると、風邪だろうかと懸念する。
「ああ、平気だよ。多分風邪だから」
「そうかなあ」
「そうだよ」
酷く寒いのは外気温の急激な冷え込みと発熱のせいだし、視界が揺れるのは同じく熱のせいだ。咽喉が渇くのは扁桃腺が腫れてきてるからだろうし、頭痛なんか風邪の諸症状だ。
「あとでクスリでも飲んでおくよ」
「その方がいいかもね。じゃあ今日早く終わった方がいいのかな?」
「いや、仕事が溜まってるから僕は残るよ。真宵ちゃん達は先帰ってもいいよ」
「いいの? 明日来たら死んでたなんてないよね?」
「ぶっ倒れそうになったら帰るよ。それにこの辺病院多いから」
「そうだね。じゃあトノサマンも見終ったから帰るね」
「気を付けて帰りなよ」
「うん。はみちゃーん、帰るよー」
「はーい。・・・・・・なるほど君は帰らないのですか?」
「うん、もう少し片付けてから帰るよ」
「あまり無理をされないようにしてくださいね」
「真宵ちゃんにも言われたよ」
僕は苦笑して、春美ちゃんの頭を撫でてやった。心配そうな顔つきでこちらを見上げていたものの、真宵ちゃんに腕を引かれてドアへ向かう。
「じゃあなるほど君もちゃんと養生するんだよ」
「お風邪はちゃんと治してくださいね」
「分かってるよ」
心配なのかチラチラとこちらを何度も振り返る二人に手を振りながら見送って、僕は小さく安堵の息を吐いた。
※続きます。えー、とか言わないように。言葉シリーズで続いてます。なので次は【077.知らない言葉】へどうぞ。