【066:表面張力】10:27 2007/11/22
接待に付き合わされるほど馬鹿なことは無い。
私は多忙を理由にそれらを断っている。どうせ最終的には見合い話に発展するのだから、始めに断っておけば後が楽である。
が、しかし。
「聞いてくれよ〜御剣〜〜」
「断る」
「あ、テメエちょっと待て。親友だろ? だったら傷心のオレを慰めるくらいしろよ」
「仕事中に聞くような趣味は無い」
「あン? 誰が今って言ったよ」
「・・・・・・違うのか?」
「おう、仕事終わった後でいいからよ。呑むぞ、今日は」
馬鹿に馬鹿だと言っても馬鹿とは理解してくれないことを嘆きつつ、馬鹿を見るハメになる。要するに接待よりも尚、馬鹿なこととして親友の失恋話という呑み会に付き合わされる事態に巻き込まれてしまったようだ。しかも接待とは違って無闇に断ると後々絡まれる。しかも理由が無い断りだとタチの悪い冗談のような報復が待っている。
「絶対来いよな。ってか、迎えに行ってやるよ。ケーシチョーだっけ?」
「検事局だ」
うっかり口を滑らせたところで後悔してももう遅い。
「悪ぃ悪ぃ、じゃあ7時にな。それまでに仕事終わらせとけよ。じゃあな」
一方的に捲くし立てられて文句を言う暇も無く、電話はあっさりと切られてしまった。いつものこととは言え、腹立たしいにも程がある。
眉間を押さえて大きく溜息を吐くと、書類の整理をしていた事務官が大変ですねえと小さく笑った。
「おう、こっちこっち」
駐車場へ足を運ぶと、私の車の前で矢張が手を招いていた。相変わらず軽薄そのものを現した様な姿に疲れがドッと押し寄せる。今日もこれで帰りが遅くなるのかと思うと溜まりきった仕事や家の事をしていた方がマシだと考えが押し寄せる。
「今日は成歩堂が来れねえって言うからよ。サシで呑もうぜ」
時折、理不尽なのはこの男そのものではないかと思わないでもない。
「そもそも何故キミの失恋話に毎度毎度付き合わされねばならないのだ?」
「ソコはアレだろ。親友ってヤツだしな」
「私は忙しい」
「じゃあいいや。オマエん家で呑もうぜ」
その方が気が楽だろ、と矢張は既に私の車に乗り込んでいる。引き摺り出しても良かったが、そんなことをぼやく気力も最早無い。
「サッサと乗れよ、御剣」
ソレはキミの車ではない、と私は小さく溜息を吐いて、そんなことを思った。
途中、コンビニに寄らせろと矢張が喚いたので車を寄せた。
置いて帰ろうかと思ったら、置いて帰ろうとか思ってんじゃねえよな、と釘を刺される。どうやら顔に出ていたようだ。まあ、隠す気もなかったが。
カゴを取って店内を回り、慣れた手つきで発泡酒やら缶酎ハイやら乾き物などをひょいひょいとカゴに投げ込んでいく。二人で呑むには多すぎる量のアルコールに一抹の不安を感じながら、私は矢張の後を付いて回る。
「じゃ、御剣頼むぜ」
レジカウンターにカゴを載せて、矢張がニッコリ笑った。
「待ちたまえ。キミが呑むのだからキミが出すのが妥当ではないか」
私が異議を唱えると、矢張が金が無いんだよと私に訴える。
「いいだろ、ショウイチだかリョウタだか給料いい商売だしさ」
「検事だ。いい加減覚えろ」
ニヤニヤしながら全く財布を取り出す様子の無い矢張に、私は深い溜息を吐いて何か言いたげな店員にカードを渡した。
その後の矢張は案の定と言うか、いつも通りというか。
愚痴と惚気を織り交ぜた絡み酒と化し、散々私に絡んだ上、酔いつぶれて寝てしまった。泊めるとも何とも言っていないのにこの図々しさ。いっそ外に放り出そうかと思ったが、日々の激務で疲れ果てた脳と身体はソレを拒否した。放っておくより他にない、と私は諦めて寝てしまうことにする。
風呂は明日の朝にでも入ればよかろうと半分閉じかけた瞼でフラフラと寝室に向かう。幾分冷えた空気に酔いは少し醒めたものの、眠気は一向に引かない。朝出たときのままのシーツが眠りを誘うように私を呼んでいる。私は掛け布団を引っぺがしそのまま身を包んで、一呼吸を置く間もなく眠りに付いた。
※矢張に振り回される御剣さん。疲労困憊でございます。