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※ちょっとしたお話

【057:伝え損ねた言葉】14:18 2007/11/25

キミに逢いたい。
キミの声が聞きたい。
キミの肌に触れたい。
キミに、逢いたい。

半年ほど出向する、と言われたのは夏の終わり頃。だからまだ御剣が行ってから一ヶ月も経っていないことになる。
僕はと言えば相変わらず小さな依頼を細々と引き受けて、それなりにそれなりな感じで事務所の運営くらいはどうにかなりそうなくらいは稼ぐことが出来ていた。今はまだ正式には継いでいないからと真宵ちゃんも事務処理を手伝いに来てくれるから僕としてはありがたい。正直まだ経理関係だけはどうにも苦手で帳簿付けから勉強しなおさなくてはならないだろうと頭を抱えていた所だったのだ。

「ねえ、なるほど君」
事務所の経費をあれこれチェックしながら、真宵ちゃんがピタリと手を止めた。何事かと近寄ると、真宵ちゃんは一枚のレシートをピラピラと揺らしている。目を凝らしてみてみればソレはそれなりにお高いフランス料理店のレシートで、僕はアッと声をあげた。
「これってなるほど君のプライベートの関係だよね?」
「ああ、うん。ごめんね。ソレ、御剣と行った時のヤツだ」
「ミツルギ検事と? 二人で?」
「そりゃそうだよ。僕そんなにお金無いし」
「じゃなくてさ、何であたしじゃなくてミツルギ検事なの?」
「・・・・・・テーブルマナーを教わってたんだよ」
僕はポリポリとこめかみを掻きながらそう言うと、真宵ちゃんが大きな目をパチクリさせて肩を震わせた。
「テーブルマナーなんてお箸が使えれば十分じゃないッ」
「いやちょっと来月弁護士会の関係で食事会があるんだよ。しかもフランス料理で」
「別に食べれればマナーなんていいと思うんだけどなあ」
「いやいやいや、理事とか役付きの人と新人の集いってヤツだから流石にマナーは覚えとくべきだろ」
「うー、そうかもしれないけどさ。でもでもちゃんと食べたんでしょ? そこの料理」
「うん、美味しかったよ」
「いいなーーーッ」
真宵ちゃんは領収書を広げていたローテーブルに自分も突っ伏していたものの、ガバッと起き上がって僕を見上げた。
「でもさ、マナーだったら狩魔検事とかの方が良くない?」
「ムチでぶたれるからイヤなんだよ」
「でもそれなりに高いフランス料理店で男二人組のほうがよっぽど恥ずかしいよ、なるほど君」
「そうかな?」
「フツウは女の人誘って行くような場所でしょ、デートとかさ。男二人は無いと思うよ」
言われてみればそうかもしれない。とは言え、他に誘えそうな人間がいなかったのも事実で、僕としては仕方なかったとしか答えようが無い。
「だからって真宵ちゃん誘っても意味無いだろ」
「うーん、まあそうだけど」
真宵ちゃんはノロノロと散らばった領収証を手に再びチェックを始める。あれやこれやと愚痴りながらも仕事は早い。
「あたしも食べたかったなあ、フランス料理」
繰り返し呟きながら真宵ちゃんが領収証を睨んでいる。僕はほんの少し罪悪感を覚えながらレシートを財布にねじ込んで、真宵ちゃんの肩を叩いた。
「今日終わったらラーメン食べに行こうか?」
「本当ッ。なるほど君見直したよっ」
「お代わりは2杯までだからな」
「えー、ケチー」
何だかんだと上機嫌になった真宵ちゃんの姿にホッとしながら、僕は机に戻る。新規の依頼と継続審議の書類を調えて、提出書類を別にする。また裁判所に行って書類提出と資料集めだな、と思いながらふと御剣のことを思い浮かべた。まあアイツは何処へ行っても仕事が出来るからそれなりにやってることだろう。

戻ってきたらまた呑みにでも行くか、と考えて苦笑する。案外食い意地が張っていて、食べることが好きな親友の好物は何だろうかと僕は楽しげに考えた。好き嫌いは無いとは言ってたけれど、意外と子供っぽいのが好きな御剣のために帰ってきたらオムライスでも作ってやろう。この前のフランス料理では僕の方が畏まっちゃってあんまり楽しめるような雰囲気じゃなかったから、今度は僕の部屋で呑むのだっていいはずだ。矢張なんか呼ばないで二人だけでまったり呑みたいよな、なんて考えて。
「なるほどくーん、裁判所に行くんでしょ?」
真宵ちゃんの声に僕はハイハイと返事をしながら、出かけてくるよ、と鞄を抱えなおした。


※続きます。【067.意味の無い言葉】へどうぞ。とは言え、短編構成だから設定だけ続いてるって感じですかね。