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※ちょっとしたお話

【056:法則】17:23 2007/12/09

「オマエらさー、仲イイよな」
矢張はそう言って、僕にグラスを突きつけた。

「仲良い、ってそりゃそうだろ。親友なんだし」
「馬ッ鹿、違えよ。そんなんだったらオレだって親友じゃねえか」
「厄介事だけ持ってくるようなヤツを僕は親友とは思わない」
「ちぇッ、ケチくせえなあ」
そもそも何で僕が矢張と二人でこんなところにいるのかと言うと、仕事帰りに偶然会ったことから始まる。お互い暫く会ってなかったから近況なんかを話していたのだけれど、寒風吹き荒ぶ屋外で長話もどうだろうということから近くの赤提灯に飛び込んだわけだ。持ち合わせはそんなに多くはなかったものの、矢張が競馬の単勝を当てたから奢ると珍しいことを言い出して、そのまま今に至るわけだ。
「で、どうなのよ」
「何の話だよ」
「オマエの恋愛話に決まってるじゃねえか。カノジョとか出来たわけ?」
「はあ?」
僕は矢張にそう返すと、不思議そうな顔で僕の顔をまじまじと見つめた。
「おっかしいなあ。マジ、いねえの?」
「だから何でそう思うんだよ」
「だってよ、あんなに御剣にこだわってたオマエが一言も話さないなんてそりゃカノジョ出来たと思うだろ、フツウ」
「あのなあ」
溜息を吐いて、反論しようとすると矢張に手で制される。
「照れるのは分かるけどよ、オレも親友だろ?」
グッと親指を立てられて、ウインクまでされてしまう。コイツ、聞いちゃいないな。
「だから」
「で、可愛いんだろ。オマエの好みなら割と知ってるからよ。アレだべ、清楚な感じのふわふわしたお嬢様タイプかクールな女王様タイプ――」
「いい加減にしろッ」
持ってたジョッキを乱暴にテーブルに叩きつけて、僕は長い溜息を吐いた。それでもケロリとした表情で矢張が絡んでくる。本気でウザい。
「ケチケチすんなって。オマエのカノジョを取る気はねえよ」
「ありがとう。でもそういうことじゃないだろ」
「じゃあどういう意味なんだよ」
「どういう意味もないだろ。僕は今フリーだよ。独り身だよ。悪かったな、彼女も居なくて」
「げ、マジで?」
「嘘なんか吐くかよ」
焼き鳥を頬張りながら、そう吐き捨てると哀れみを込めた視線で矢張がこちらを見ていた。何て言うか、相変わらず人を怒らせるのだけは上手いよな、コイツ。
「大体、何で僕が御剣の話題を出さなかったら彼女が出来たとか言い出すんだよ」
「へ? ああ、そりゃオマエ有名だし」
「何の?」
「御剣のストーカー」
僕は思わず呑んでいたビールを噴出しそうになり、危うくソレを防いだために気管にビールが入って盛大に噎せた。
「どこからそんな話になるんだよ」
げほげほと咳き込みながら、恨みがましく問うと矢張はパチクリと目をしぱたかせながら、へ?と間の抜けた声を出した。
「大学の頃から有名じゃんか。男の検事追っかけてる男が居るって。教授と女性陣の間じゃ有名すぎて耳タコ状態だったんだぜ、オレは」
「・・・・・・初めて聞いたんだけど、その話」
「ありゃ、そうだっけか?」
「そうだよ。って言うか、僕、彼女居たじゃないか」
色んな意味でトラウマになりそうな彼女ではあったけれども、まあ事実だからとりあえず訴えてみる。
「ああ、ミヤナギな。アイツ性悪で有名だからよォ、呑田とか薬学部の連中から聞いてねえのか? オマエに忠告するよう頼んどいたんだけどよ」
「あのな、オマエ大学の時の事件とか覚えてないのか?」
「オマエが学祭でバカップル大会に出たヤツか? ありゃあブッチギリだったよなあ」
「人が忘れようとしていることを絶妙にえぐってくるな、オマエ。じゃなくて殺人事件があっただろ。それも覚えてないのかよ」
「ううん、そんなのあったっけか?」
「・・・・・・もういいよ」
僕は諦めてジョッキを傾けた。酒量がそれなりに進んでいたけれど、何となくまだ飲み足りなくて近くに居た店員に声を掛けて追加の酒と2、3品を頼む。
「御剣も冷たいよなー。オマエから手紙貰ってたんならオレにも言えっつーの」
「何時の話だよ、ソレ」
「大学ン時」
「何でオマエに言わなきゃなんないんだよ」
「だってオレ、アイツの連絡先知ってたし」
「は?」
一瞬矢張が何を言ってるのか理解できずに動きが止まる。脳内でぐるぐると再生される台詞を噛み砕いて、咀嚼して。
「オマエが、御剣の、連絡先を、知ってた?」
「おう、アイツ律儀に年賀状とか送ってきたからよ。住所とか電話番号とか知ってた――」
「何でソレを僕に言わないんだよッ」
「聞かなかったじゃねえか」
「あのなッ」
「ちょ、ちょっと落ち着けよ、成歩堂。痛ててて、首絞めるなっつーの」
思わず腰を上げて座卓ごしに首を締め上げる。が、矢張に留められて僕はココが居酒屋であることを思い出した。渋々手を離して座りなおす。
「乱暴すんなよ。オレか弱いんだから」
「どこがだよ。図々しい」
首を摩りながらブツブツぼやく矢張を睨みつけて、僕は到着したばかりのビールを呷った。


※事件の影にはやっぱり矢張。というような捏造をこっそりと織り交ぜてみました。何となくですが、若御剣も矢張にだけは連絡取ってそうな気がします。