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※ちょっとしたお話

【043:ナイフ】0:31 2007/10/25

「キミは絵など描いたのだな」
ふと背後から声を掛けられて、僕は思わず手を止めた。
「ム。邪魔をしたか」
「あ、いや、ちょっと驚いただけだよ」
画布に向かっていた手を止めて、くるりと振り返る。感心したような御剣の顔が割と近くにあった。
「コレは何だろうか?」
「んー、別に気にしなくてもいいよ。学生の時のヤツだし」
僕は持っていたペイントナイフを置いた。
御剣はまだ絵を睨んでいる。そんなに気になるのだろうか。
「ムウ、何とも言い難いが抽象画になるのだろうか」
「だから気にしなくてもいいってば。どうせ下手の横好きだよ」
「そうか?」
そうジッと見られるとどうにも背中がむず痒いような感じがして堪らない。
まだ生乾きの画布をひっくり返して、僕は溜息を吐いた。
「ム。何をするのだ」
「別に」
「人が見ているところを邪魔しないでもらいたい」
「僕が見られたくないんだよ」
「何故だ」
「理由なんてどうだっていいだろ」
絵の具のついたままのナイフをティッシュで拭って、僕は道具を片付け始めた。御剣が離れる気がないのなら片付けるより他に無い。
「成歩堂」
酷く不満そうな御剣をちらりと見やって僕はもう一度溜息を吐く。今度はこちらの感情が分かるように有態に言えば物凄く嫌そうな表情で、溜息を吐いてやった。
「何だよ」
「見せろ」
「ヤダよ」
ガサガサと片付けながら、僕は答える。
絵筆は使ってないからそのままでもいいけどパレットだけは洗わなくちゃならないな。なんてことを考えながら、絵の具を適当に袋に放り込む。
「成歩堂」
「だから嫌だって言ってるだろ」
「あれは私か?」
僕はピタリと手を止めた。
屈めていた背を伸ばして立ち上がると、御剣と目が合った。
「アレは私なのだろう?」
「・・・・・・違うよ」
「では誰だというのだ」
「誰だっていいだろ別に。オマエには関係ないんだしさ」
「関係ならばあるだろう」
トントンと腕を組んで指を動かしながら、御剣が不機嫌を露に言った。
「私でないとすればキミは誰を想って描いてるのだ?」
ギリ、と歯を噛み締める音が聞こえた気がした。そのくらい不機嫌な顔だった。
「言いたまえ。私には聞く権利がある」
「だからアレは学生の時の――」
「私には絵心は無いがあの絵が描かれた意図くらいは多少なりとも察することが出来る」
答えたまえ、と御剣がこちらを睨んでいる。
言ってしまえば楽なのかもしれないけれど、こちらだって意地があるし、何よりそこまで詮索される義務は無い。
「いい加減にしろよ。僕にだって踏み込んでもらいたくないことだってあるんだよ。何だよ、絵にまで嫉妬か?」
「ああそうだ、嫉妬だとも」
僕は思わず御剣を見た。真剣な眼差しでこちらをジッと見つめる様子に嘘は無い。思わず言葉に詰まって、僕は口元を押さえた。
「女々しいと言わば言え。コレは嫉妬だ。違いようもなく嫉妬だとも」
顔を歪めて、御剣が淡々と喋繰る。
「少なくとも、私はその絵の人物ほどキミにに想われたことなど、無い」
片腕を握り締めて、御剣が顔を逸らした。やや俯きがちの顔で唇を噛んで、感情を押し殺している。泣くことを耐える様な苦しそうな表情だった。
「御剣」
手を伸ばして御剣の頬に触れた。ビクリ、と震えながらこちらを窺う様子に僕は苦笑する。
「何をする」
「オマエ、やっぱり馬鹿だよな」
言い返そうとする御剣の唇を僕の唇で塞いでやる。手を頬から後頭部へと滑らせて、髪を掻き分けて抱え込んだ。空いた腕を腰に回して、寄り添うように力を込めると御剣の腕がゆっくりと躊躇うように僕の背中を掴む。
ただ重ねるだけのキスなのに、お互い呼吸が荒くなって、御剣の手が縋りつくように僕の背中を這い回る。少し唇を離すと篭った吐息が肌を滑った。
「オマエ以外に誰が居るって言うんだよ」
耳元でそっと囁きながら耳たぶを噛んでやると、腕の中の御剣が震えるのが分かった。
「だからさ――」
伝える言葉は無くてもいい。
僕は赤く染まった首筋を軽く噛みながら、低く笑う。
パッと手を離すと、力の抜けた御剣が僕に凭れ込んだ。
「・・・・・・卑怯だぞ、キサマ」
誘うように腕を引くと存外簡単に付いてくる。
「でもそういうところが好きなんだろ?」
更に真っ赤になる御剣を見て、僕はニヤリと笑った。
目の前の寝室のドアを開けて御剣を促す。ヨロヨロと中に入ったことを確認して、パタンとドアを閉めた。


※なるほど君が描いてるのは油絵です。抽象画って訳ではなくて単純に他の人には分からないように輪郭を崩して描いたので抽象画に見えるだけです。歪な想いなので線も無意識に歪ませてるのかもしれませんが。それにしても馬鹿話を書こうとして痴話喧嘩になるなよ、御剣さん。