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※ちょっとしたお話

【015:スコア】22:38 2007/11/02

僕は刑事事件を専門にしている弁護士だ。
検事や刑事を相手取り、法の庭で日々舌戦を繰り広げる。
当然依頼人のことは信用しているし、僕自身を信用しなければ何も始まらない。有難いことに今のところは全勝とは言えなくとも、勝率が高いのも事実なのでそれなりに事務所の名前も知れてきた。
知れてきたのは確かに良いことなのだけれども。
「何で僕はココに居るんでしょうね、ヤタブキさん」
「おう、成歩堂の旦那頼んだぜ。あと一点取りゃあオレたちの優勝よォ」
「いや、だからそうじゃなくて」
「そうだよ、なるほど君。ほらほらバットを持ってバッターボックスッ」
「勘弁してくれよ」
僕の隣に居るヤタブキさんは近所のラーメン屋のオヤジさんで、その更に隣に居るのが助手の真宵ちゃんだ。で、何故か僕は日の丸スタジアム脇の野球場に居るわけで。そして何故かバットなんか持たされて、グラウンドに押しやられてたりする。
「そんなに乗り気だったら真宵ちゃんが打てばいいだろ」
「えー、なるほど君が頼まれたんだからなるほど君が行くのが当然でしょ。今日、あたしはは応援しにきただけだからね」
「だからってあんな速い球打てるかよ」
「ダイジョウブだって。デッドボールになったら代わりに走ってあげるから」
「余計イヤだよッ」
まあ、状況を掻い摘んで話すと要するに地区の野球大会というヤツに僕は参加している。本当は人情公園を挟んで向こうのキタキツネ組の若い人たちが参加するはずだったのが、急用が入ったらしく――流石に詳しい事情は聞けなかった――急遽僕が借り出されたわけだ。
普段はこういった誘いは全てお断りさせてもらっていたのだが、今回はたまたま外出時にヤタブキさんが事務所に訪れて、丁度留守番をしていた真宵ちゃんが勝手に快諾してしまったのでこういう事態に陥っている。
正直、僕は運動が得意なわけじゃない。というか、動くのは嫌いじゃないのだけど団体競技なんてものになると面倒臭くてあまり乗り気じゃない。特にチームプレーなんてものは大の苦手で、迷惑を掛けるのが目に見えているから参加自体しようとは考えない。
はずだったのが。
「おうおう、ミナミのヤツラが本腰入れてきやがったな」
「な、なるほど君。あの人たち外人だよっ」
「ケッ、最近助っ人だらけでよう。テメエラ、他人の力を借りて悔しくねえのかってオレは悲しくなるぜ」
「・・・・・・あの、僕も助っ人なんですけど」
「成歩堂の旦那はイイんだよッ。アンタ日本人だろ?」
「ええ、まあ」
その理屈もどうかと思うなんて思いながら、僕はバットをそっと置いた。取り返しの付くうちに逃げるのが得策だ、と僕は真宵ちゃんとヤタブキさんの様子を窺う。
「なるほど君、ココは日本人の意地ってやつを見せないと」
「嬢ちゃんの言うとおりだぜ。やっぱりショッパイだけじゃラーメンは語れねえ。人間もラーメンも同じよ。コクがねえとよ、コクが」
なんだかどこかで聞いた事のあるようなフレーズだったけれど、僕は突っ込まずに敢えて流す。いい加減疲れてきた。幸い、真宵ちゃんは相手チームの外人に釘付けだ。ここはアレだけど、やっぱり逃げるより手は無い。
音を立てないように静かに僕はベンチから立ち上がり、ゆっくりと外へ歩き出す。と。
「あら、なるほど君。アナタ逃げる気?」
聞き覚えのある声に背後を呼び止められ、僕はピタリと動きを止めた。
「ダメよ。なるほど君。ピンチの時ほどふてぶてしく笑いなさいね」
「ち、千尋さん?」
音が鳴りそうなほどぎこちない動作で振り向く先にはニッコリと微笑む千尋さんが立っていた。
「矢田吹さん、次の打席は私でいいかしら?」
「おう、綾里さんじゃねえか。相変わらずその胸も凄えけど、アンタのその強打者っぷりも衰えてなさそうだな」
「うふふ、そうでもないですわ」
「いいや、アンタならヤツラの球なんか楽勝だろ。どんどん打ってくれや」
「え、あの、だってあの外人ですよ。どう見てもプロ――」
「なるほど君」
千尋さんが満面の笑みで僕を見た。思わず直立不動で待機してしまう自分が悲しい。
「お手本、見せてあげるわよ」
そう言ってバッターボックスへ勇ましく歩んでいく千尋さんの後ろ姿を、僕はただ見ていることしか出来なかった。


※逆裁界のパーフェクトジオングこと綾里千尋。その見た目とは裏腹に事務所近辺の地区では『最恐の強打者王』として名を馳せる。秘訣は毎日の竹刀素振り。地元の野球大会では常に4番バッター。元甲子園制覇のピッチャーすら楽勝で本塁打を打ち放つ、正に最強にして最恐。