【092:リセット】16:27 2007/06/30
「では被告人に判決を言い渡します」
木槌の音が高らかに鳴り響き、法廷の終焉を告げた。
僕は久しぶりに訪れた法廷で傍聴席に座っている。
適当な裁判を選んで、適当に席に付いて、法廷の空気を味わっている。
先週の査問会議で僕は弁護士バッジを返納した。
後悔はしていないつもりだった。
けれどそれが『つもり』であったことに今更ながら気付かされる。
繰り返される証言の数々、検事が、弁護士が異議を唱え、裁判は進んでいく。
あの中には戻れない、少なくとも今すぐには。
あの事件以来置いてきぼりにした感情がやっと追いついて複雑に反芻される。ひどく気持ちが悪い。
手に入れるのは難しくても、手放すのは容易い。
ぼんやり聞いてた裁判はもうとっくに終盤で、裁判官は今か今かと木槌を構えている。泣き崩れる証人や苦々しい顔の弁護士。ああ、敗訴なんだ。
検事が大声で裁判官に促す。頷くのも最小限に裁判官はいつもの台詞を声高に。深とした法廷内を重苦しい声が埋め尽くす。
「では被告人に判決を言い渡します」
木槌の音が高らかに鳴り響き、法廷の終焉を告げた。
法廷から出ると、一般の傍聴人がレポートを片手に次の場所へ向かっている。
法学部の学生か、あるいは司法修習生か。
いずれにせよ、手を繋ぎながら歩くカップルは単なる興味本位なのだろう。
カラン、とサンダルを鳴らして僕は入り口へ向かう。
馬鹿みたいだ、こんな。
こんな未練がましい真似をしてるなんて。ホントに、馬鹿馬鹿しい。
足早にすれ違うのは検事や弁護士。皆、誇らしげに胸元をバッジで飾っている。今の僕には些か眩しすぎるくらいの輝きだ。
後悔していないから僕はこの場所に来れたのか。それとも後悔してるから訪れてしまったのか。
どちらも正しくて、どちらも間違っている。
過去を修正できるのなら、未来などいらない。そういうことだ。
全てを失って初めて得たものがある。それが果たして失ったものと等分の価値を持つものかどうかは分からない。僕はその流れに身を任せて前を見ることしか出来ないのだから。
有態の結末は幾重にも分かれている。その先に何があるかは誰も知らない。
僕自身の存在意義を失って。僕自身の価値を奪って。僕自身すら危うくなって。それでも、僕には妹のような彼女がいた。笑い話で済ませてくれる親友がいた。いつも笑ってくれる娘がいた。
そして全てを受け入れて、許してくれた恋人が居る。
協力は惜しまない、といつもと変わらない表情で言ってくれた。忙しい時間の合間をぬって、会いに来たりする。
だから僕は全力を尽くす。かつて、僕自身を貶めた罠をひっくり返すためにも。
全てをリセットさせてやろう。
「さて、何から手を付けるかな」
僕は裁判所の資料室へと足を向けて、口笛を吹いた。
※4設定。なるほど君の本質は変わらないよ、という話を書きたかっただけ