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※ちょっとしたお話

【071:キス】6:12 2007/08/08

新しい学年になったとき、ミツルギは転校して居なかった。
詳しいジジョーは説明されなかったけど、多分オヤジさんの事件のせいだろうとオレは思った。3学期に入ってからミツルギは学校を休んでいた。学期末になってやっと出てきたけど、その時にはオレも含めてみんな春休みに浮かれてて、ショージキよく分かってなかった。
見なくても分かるような通信簿は放っぽいてどう遊び倒そうかなんて考えてたら、ミツルギから電話が掛かってきた。引っ越すから手伝ってほしい、ということだった。珍しいなと思ったけど、遊べるならいいやとオレはナルホドーも誘った。

オレとナルホドーはミツルギの家に行って、手伝いどころかやっぱり遊んでいた。アレが欲しい、コレが欲しい、なんてバカみたいにねだったら、勝手に持っていきたまえと相変わらずのフキゲンそうな顔で言った。
ナルホドーはミツルギが転校のために引っ越すなんて知らないらしく、単純にミツルギと遊べるのが楽しそうだった。オレだけは何となく気が付いて、ナルホドーにミツルギが転校することを言おうとしたら必死な形相のミツルギにそれだけはヤメテくれと頼まれた。どうやら他のヤツらにも言ってないらしい。オマエどうするんだと聞いたら、どうもしないどうせ皆忘れてしまうのだと寂しく笑った。

引越しの役には全く立ちそうになかったので、貰うものだけ貰ってオレらは公園で遊んだ。両手一杯にオモチャやらマンガやら抱えたオレと違って、ナルホドーは何も貰わなかったらしい。ひとつくらい分けてやろうとしたら、いらないよと笑われた。
夕方近くまで遊んで、遊んで、遊び倒して。学校から鐘の音が聞こえてきた。時計を見たら、もう5時を回っている。
帰ろっか、とナルホドーが言った。
また明日遊ぼうよ、なんてナルホドーの言葉にミツルギはフクザツな顔をしていた。明日なんて、ない。そう言いたそうな顔だった。とっさにオレが腹が減ったと喚くと、少しホッとしたような顔でミツルギがでは私の家で夕食を食べないかと持ちかけた。きっと最初からそのつもりだったのだろう。オレは手放しで受け入れて、ナルホドーはお母さんに聞いてみるよと公衆電話に走った。
公園に二人で残される。
「オマエ、なんでアイツに言わないんだよ」
サビシイじゃねえか、とオレがぼやくとミツルギは静かに笑ってるだけだった。

ナルホドーが走ってきて、大丈夫だってほら早く行こうよとオレらの手を掴んだ。
ぐいぐいと引っ張って、急かす様子に思わず吹き出す。なに笑うんだよとナルホドーは怒ったけれど、なんでもないってとオレとミツルギは笑った。辺りはもう暗くなり始めてたけど、気にせずに歩く。昼間に訪れた家の中はすっかり片付けられて、ガランとしていた。ミツルギのお母さんはこんな状態で悪いけどたくさん食べていってねと笑って、フローリングの上にパーティセットを並べていた。きっとお皿とかそういったものは全部荷物で乗せてしまったのだと思う。
ミツルギは相変わらず何も言わなくって、だからオレもバカバカしい話しか出来なくって。ナルホドーはジジョーも知らなくて。一体オレにどうしろってんだよ。

ピンポーンとインターホンが鳴った。ミツルギのお母さんが呼んだのか、オレのおふくろとナルホドーのお母さんが玄関先に現れた。ごめんなさいねえうちの子供が迷惑掛けて、いえいえこちらこそ息子の相手をしていただけて助かりました、だいぶ邪魔をしたでしょうに、そんなことありませんよ、でも奥さんも大変よね旦那さんが、いえ過ぎたことですので、今度はどちらに行かれるの、ええ私の実家に戻ろうかと思ってましてちょっとココからは遠いんですけど。
「母さん」
ミツルギが会話を止める。
きっとナルホドーに聞かれたくなかったんだろう。そこまで気を使われてる当人はぽかんとただ突っ立っている。会話の半分も分かってないようだ。オレはホッとして、帰るぞナルホドーと声を掛ける。
バタバタと靴を履いて、玄関を出ると外はすっかり暗かった。気温も下がってるのか少し寒い。思わず身震いすると、ナルホドーも少し離れた所でくしゃみをしていた。やっぱり寒いのだ。
今日はありがとうございました、とオレのおふくろが言って、ぺこりと頭を下げる。きっと親同士はジジョーも何もかも知っているのだろう。可哀想よね、とおふくろが言ったので、そんなことねえよとオレは怒った。

春休みが終わるとミツルギは居なかった。
ナルホドーは先生にどういうことですかと取りすがっていたけれど、家庭のジジョーなんて言葉で片付けられて、結局何も教えてはもらえなかったらしい。
オレだけはジジョーを知っていて、それでもミツルギに口止めされてたから喋る気はなかった。ただ、傍目にも分かるほど落ち込んだナルホドーの背中をバンバン叩いて、手紙でも送ったらいいじゃねえかトモダチなんだしよ、と言ったら途端に明るくなって、うんそうするよありがとうヤハリ、と笑った。

それから月日が経って、オレらは大学生になった。
成歩堂は役者を目指すのだと冗談みたいなことを言っていると思ったら、ある日雑誌を片手に怒りながらオレに突き出してきた。覗き込むと昔の面影を残した男の姿。ああ、御剣か。そう思ってると、信じられないよ僕は信じないなどと憤り始めたので、宥めるのに苦労した。そして、あろう事か成歩堂は僕は弁護士になると宣言して、急に勉強を始めた。何でそこで弁護士なんだよ、と聞いたら、それしか会う方法がないじゃないかと言われた。手紙は送っても返って来ず、耐えかねて会いに行けば既に居なかったのだという。
実を言えばオレは御剣の連絡先を知っていたけれど、あの時の約束がまだ有効なのか聞きそびれていたので成歩堂に教えることはなかった。小学生の頃の約束なんて時効だとは思うけれど、継続更新されているから黙っててもらおうなんてあの御剣なら言い出しかねない。
そうそう簡単になれるものでもないし、しばらくすれば諦めるだろう。
「まあ頑張れよ。オウエンしてるぜ」
オレはビシィッ、と親指を突き出して、無責任に応援した。

二人はあの日キスをしていた。
オレがトイレに駆け込んで戻ろうとしたときに、遠目ながらハッキリ見えた。
ミツルギがナルホドーの頬っぺたにキスをしていた。ナルホドーはポカンとしていたけれど、やっぱり同じようにミツルギの頬にキスをした。あとで聞いたらどっかの国で別れのアイサツとか言ってたけど、それだけじゃないような気もした。
ああアイツ、ナルホドーのことが好きだったのかな。
オレはそう思ったけれど言わなかった。多分あのマジメなミツルギのことだから、指摘されたらものすごい勢いで怒るに違いない。ハッキリ言って学校の先生より怖い同級生なんてオレはアイツの他に知らない。まあ、ナルホドーも何も言わなかったからオアイコだろう、と思った。

※妹さんこぼれ話。ちょうどヤツらと似たような時期に転校したことがあったのでその話。妹さんには当時ラブラブな男の子が居たのですが急な転校で別れることに。実際に妹さんは御剣ほどクールではなく、別れるときには大泣きしてました。ほっぺにチューもマジ話で、顔を真っ赤にさせながら報告されたときは可愛すぎてどうしようかと思ったよ正直なところ。