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※ちょっとしたお話

【059:コンプレックス】23:08 2007/06/27

御剣がソファに凭れて本を読んでいる。
文庫本のようで、どうやら仕事は一休みというところか。
僕はこっそり背後から近づいて、後ろから抱きついた。
「何読んでんの?」
覗き込むとびっしり並んだ字列が見える。正直、線にしか見えない。
どうにか文字を読んでみるが、今度は意味が分からない。ううん、問題だ。
「――成歩堂、暑苦しい」
御剣が本に目を向けたままボヤく。
質問に答えてくれる様子はなさそうだ。
僕は手を伸ばして、文庫本を奪い取った。
「キサマ、何をするッ」
「ふーん、『変身』? 何ソレ」
「……キミは本当に本を読まない男だな。有名な作品だぞ」
「僕は漫画しか読まないからね。活字って追うのが辛くてさ」
「フン、そういうのは慣れでどうにでもなるだろう。キミが単に読まないだけだ」
「そりゃそうだけどさ。で、どんな内容なのさ、ソレって」
「端的に言うと、主人公の男が蟲になる話だ」
「どういうこと?」
「まあ、なんというか抽象的な話ではあるがな。自堕落な男が部屋に引き篭もって日々鬱々と暮らすうちに蟲になってしまうのだよ。それだけの話だ」
「何処が面白いの?」
「うム、その後の家族との関係が実に興味深い。特に妹だな」
「話してよ」
「妹は兄が蟲になってしまったのを忌み嫌い、それこそ徹底的に侮蔑するわけだ。見下した視線をやり、時には汚い言葉さえ吐く。姿が人間だったときには決して見れなかった本心が見えるのだよ」
「で?」
「結局男は蟲の姿のまま、死んでしまうのだ」
「なんか、救いようがないね」
「そうか?」
「だってさ、その男って妹が好きだったんだろ? そんなつらつらと妹とのやり取り書いてるわけだし」
「そうかもしれんな」
「で、その好きな妹に避けられてさ。見なかったフリとかされてさ。いろいろ言われたりしてさ」
「ふむ」
僕は御剣から離れて、ソファの前面に回り込んだ。
既に閉じた文庫本をローテーブルに置いて、御剣の隣に座った。
「僕が同じ立場だったら――」
「どうするつもりだ、成歩堂?」
御剣が身体を起こして、僕と向かい合うように座りなおした。
「どうもしないよ。そうなる前に押し倒すし」
僕は御剣の顎を掴んで、クイッと上向きにさせる。
驚いた表情にほくそえみながら、構わず口付けた。
息を継ぎながら、繰り返し微細に口唇を触れ、時には深くキスを重ねる。
閉じられた唇を舌で割り、歯茎をなぞった。
身震いする身体を抱きしめて、より深くを求める。
顎を押さえた手を離して、後頭部へと回した。
次第に荒くなる吐息に僕の鼓動が早くなる。
もっと、もっと深く御剣を感じたい。
背中に回した腕をそっと服の下に差し込んで、素肌をなぞる。
無駄な肉のない身体を滑るように撫でて、半ば立ち上がりかけている御剣自身に手を当てた。
「――ッ」
ほんの少し息を呑む音が聞こえる。
ようやく口唇を離して、僕は微笑んだ。
「ベッド、行く?」
「こ、の。阿呆ッ」
御剣は真っ赤な顔で悪態を付きながら、立ち上がる。
「早くしろッ、成歩堂ッ」
「はいはい」
僕はフラフラと歩く恋人の後を追って、寝室へと飛び込んだ。

※『変身』ってそんな話だっけか、ハテ?