【042:クラクション】0:04 2007/08/05
目が覚めると時計の針は3時を示している。
ごろごろと転がっていたけれど、どうにも眠れる気配は無い。
僕はとうとう諦めて、布団を跳ね上げた。
外はまだ暗い。
夜明けまで後2時間。
さてさてどうしたものかと思いながら、ぼんやりと座っている。
ニャア、と猫の鳴き声がどこかから聞こえた。
人の喚き声が聞こえるのは、繁華街が近いからだろうかと思う。
とりあえず僕は大きく伸びをして、立ち上がった。
カーテンを開けると、やっぱりネオンしか見えない。
時折車のクラクションが高らかに鳴り響いている。
たまに道路に寝こけた酔っ払いを轢いてしまうなんて事故もあったりする。目撃したことは無いけど。
それにしてもクラクションが近い。
繁華街は道路向こうだから、もう少し遠く聞こえるはずだ。
いくら窓を開けてるからって、いい加減近すぎる。
パーッ、と一際大きく聞こえてくる。
うるさいなあ、と音のした方を見下ろすと、見覚えのある人影があった。
「御剣?」
小声だったから、声は届いてないだろうに人影はゆらりと動いて入り口へと向かってくる。
「ちょ、ちょっとちょっと」
僕は慌てて玄関から飛び出る。
階段を駆け下りると、そこに立っていたのは間違いなく御剣怜侍その人だった。
「ど」
どうしたんだよ、とは言い切れずパクパク口を動かしてると鼻で笑われた。
「近くまで寄ったものでな」
「イヤイヤイヤ、オマエ、今何時だと思ってるんだよ」
「3時を回ったところだな」
「夜中だぞ」
「そうだな」
「安眠妨害じゃないか」
「しかしキミは起きていたのだろう?」
ならば関係ないではないか、と言い切る男に僕は限りなく脱力する。そうだ、こういうヤツだ。
「まあ近くまで寄ったというのは冗談ではない」
御剣は今仕事が終わったところなのだと言った。いいのか公務員。どう考えたって労基法違反だぞ。司法関係の仕事に就いてながら、そういうところだけアバウトでどうするんだよ。
僕がそう言うと、ムム、などと唸っている。
「その代わり明日は休みだ。ゆっくり出来る」
「それで僕ん家に来る理由は何だよ」
チッチッチッ、と舌打しながら御剣が人差し指を振った。
「車で通りかかったら窓際でぼんやりするキミの姿を見かけた。それだけだ」
如何にも気障ったらしい動作が良く似合う。うう、コレを女の子にやったらモテるのかなあ。
「理由になってないぞ。御剣」
「理由としては十分ではないか。キサマ、一人寝はイヤなのだろう?」
「うっ」
仕方ないなといった表情で首を横に振り、嫌味な笑みを口元に浮かべていた。見透かされてるみたいだ。
「い、異議あり」
「ほほう。検察側は弁護側の異議申し立てを受け付けるが、何だ?」
「言ってみただけだよ、ああもう、チクショウ」
結局のところ、言い負かされてしまう。そうだよその通りだよ。
「……弁護側、異議を取り下げます。同時に全面敗訴を認めます」
両手を挙げて降参の意を示すと、ニヤリと笑う御剣の顔が見える。
「フン、所詮その程度ということだ。素人ハッタリ弁護士が」
「うるさいなあ」
いかにも楽しそうに笑う御剣なんて久しぶりに見た。眉間の皺も今は無い。
「で、検察側の主張は何だよ。僕をからかいに来ただけか?」
「そんなことで寄るものか」
スッと手を伸ばされて頬を撫でられる。幾分汗ばんだ皮膚に少し冷えた手のひらが当てられる。ぴったりと吸い付くような感触にゾクリと内奥から熱を感じる。
「キミは明日仕事だろうか?」
「分かってて聞くなよ。休みだよ、休みッ」
「なら問題は無かろう」
寄せられた唇に僕も同じく重ねてやる。かさついた唇なのは忙しいからだろう。きっとろくに食事も取ってないのに違いない。
クッ、と御剣が笑うのを見ると、きっと僕の唇も似たような状態だからだ。お互いどうしようもないよな。
顔を少し離して見つめ合うと同時に笑い出す。
「部屋に戻ろうよ。ココじゃキスくらいしか出来ないだろ」
「ム、そうだな。ではお邪魔するとしよう」
「あ、車どうしよっか。ココ路駐禁止なんだけど」
「フン、どうにでもなる。とはいえ、まあそんなことで点数を取られても癪だ」
近くのコインパーキングに停めてくる、と言って車を出した。
僕は階段を上がりながら、部屋へと向かう。さっきとは違う理由で眠れそうにないな、と内心笑いながら、部屋の中に入る。ベランダのガラス戸をカラカラ開けて、下を覗いた。まだまだ夜は明けそうにない。
僕は道向こうから走ってくる御剣に、早くおいでよ、と声を掛けた。
※冒頭で時間を食って、御剣出てからは怒涛の如く。ミツナルかなあ