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※ちょっとしたお話

【032:スコール】1:58 2007/07/18

よくよく降り続けるもんだよなあ、と僕は少しだけ感心した。
梅雨空がなかなか明けず、挙句の果てに台風が近づいてますとテレビのお天気お姉さんは笑顔で言った。確かに空はどんよりと曇ってるし、段々と風も強くなっているようだ。一際強い風が吹いて、窓がガタガタと震えた。
「帰れるかなあ」
僕は今、事務所に居る。
というか、仕事の真っ最中だ。目の前には積み重なった書類が現実を訴えている。どうにか半分くらいには減らさないとともがいているが一向に減らない。誰かが積み足してるんじゃないかと思うほどに、書類はちっとも片付かなかった。
ようやく手にしていた書類についてはどうにかケリがつく。クリップを止めなおし、封筒に入れて脇に置く。一件終了。僕は椅子の背に凭れて背伸びをする。
雨の勢いが強くなったのか、向かいのホテル・バンドーすら霞んで見える。このまま帰ればびしょ濡れだな。どうせ遅い時間だし、泊まっちゃうか。
僕はそう決めると、ネクタイを引っ張って外した。

ソファにだらしなく凭れながらテレビを見ていると、ドアがノックされる。
こんな天気の日に誰だろう。そういえば家賃の支払い今月まだだっけ。マズいな、大家かもしれない。としたら、ここはひとつ居留守を使うべき――ああ、でも電気が付いてるし、テレビの音も洩れてるし。居るのバレバレじゃないか。
煩悶してるうちにドアノブが捻られる。そういえばカギを掛け忘れた。
「失礼する」
パニックに陥る僕に掛けられた声は予想もしなかった人物だった。
「み、御剣?」
「ム。居るのならば返事くらいしたまえ」
「あ、うん。いやそうじゃなくて」
僕は慌てふためきながら、思わず立ち上がった。
「っていうか、何の用だよ」
「用、というか。ウム、不可抗力とでも言うべきだろうか」
相変わらず回りくどい言葉に脱力しながら、ぽたぽたと雫を垂らしていることに気付く。
「オマエ、びしょ濡れじゃないか」
「そういうことだ。成歩堂」
要するに雨宿り、ということらしい。
こんな悪天候の中をわざわざ出歩いてること自体が間違いのような気がしたが、ソレを言ったら「仕事だ。仕方あるまい」と溜息を吐かれてしまった。
「丁度キミの事務所近くを通ったのでな。雨が止むまで休ませてはくれないだろうか」
「別に良いんだけどさ。多分、止まないと思うよ。台風だし」
「ぬ、風が妙に強いと思ったら台風か」
「まさか気付いてなかったとか言うなよ?」
「ウム、知らなかった」
「オマエね……」
僕は乾いたタオルを出して、御剣へ投げた。事務所に泊まることも珍しくないから、換えの服はいくつかある。適当なスウェットを出して、ガシガシと頭を拭いている御剣の傍に寄った。
「うわ、タオル換えた方が良いか?」
「そうしてもらえると助かる」
水分を吸ってずっしり重くなったタオルを洗濯用のカゴへ放り込む。新しいタオルを2,3枚用意していると御剣がくしゃみをしているのが聞こえた。
「悪い。ほら、新しいヤツ」
「ム、すまない」
僕も手伝って御剣の頭を拭いてやる。当人は水で色濃くなったジャケットやベストを脱いでいた。これはもうクリーニングに出さなければどうしようもなさそうだ。
首のヒラヒラも外して、シャツを脱いでいる。僕は背中を拭いてやり、スウェットを差し出した。
「サイズ合うか分かんないけどさ」
「多分、大丈夫だろう。キミとは体格もそう変わらん」
「あ、下着も換えた方がいっか。えーと、確かこの辺に新しいのがあったような」
「キミは下着まで用意してるのか?」
「まあね。時々泊まるからさ」
「呆れたヤツだな」
僕はコンビニで適当に買ったトランクスを御剣に投げてやった。
「着替えるんなら、所長室でも使いなよ」
「ウム」
堂々たる体躯でスウェットを片手に携えた御剣の姿がどうにも間抜けで思わず苦笑する。僕は簡易キッチンに向かい、電気を付けた。ケトルでお湯を沸かして、ストレーナーに紅茶の葉っぱを入れる。専用カップが用意されてるなんてありえないよなあ、と思いながらも御剣のカップを取り出す。
シュンシュン、と沸騰する音と飛び出す湯気がキッチンに広がる。
本当にアイツはどこまで馬鹿なんだろう。あんなに濡れてるんだったらホテルに泊まれよ隣なんだし。そもそも雨だって天気予報でも言ってたじゃないか。それにいつもだったら車で来るはずだろ。ああ、もうホント仕事以外は不器用で鈍いヤツだよな本当に。僕はコンロの火を止めながら、もう一度笑った。

※うっかりミッタン。というか、成歩堂法律事務所を何だと思ってるのだろうか